想い出横丁 
服部 剛

細い路地に入ると 
食事処がぎっしり並び 
人々の賑わいから 
昭和の匂いがぷうんと漂う 

頭上の鉄柵に 
取り付けられた蛍光灯は 
細い路地を仄かに照らす 

油汚れの壁に描かれた弁財天が 
ひっそりと琵琶を奏でる 

「バカはうまいよ」 

「おふくろの味、盛りつけます」 

軒先の看板に立ち止まる田舎出の学生 
焼き鳥を齧りながら額に汗の滲むサラリーマン 
隣の客の杯に酒を注ぐ水商売の女

昔、早朝に新聞を配ってから
専門学校に通っていた
同じクラスのあいつと 
就職が決まったり 
恋に破れた夜は 
決まってこの店で 
熱燗を片手に祝杯をあげたものだ 

あいつは去年結婚し 
俺はまだ呑気に街を泳いでいる

焼魚定食を食べ終え 
賑わう店を出たこの路地に 
戦後五十年の間に零れた 
無数の笑いと涙が 
滲んで消えた 

( 今夜も決まった時刻になると 
( 生ぬるい風に混ざって 
( 片足の無い軍人の面影が 
( 細い路地を通りすぎる  

広い横断歩道に出た俺は 
口に残った噛み砕けない魚の骨を 
舌先から吐き棄て、 
人込みに紛れながら 
信号が青になる瞬間を、待っている。 





自由詩 想い出横丁  Copyright 服部 剛 2008-07-02 05:44:55
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