涅槃
こんぺき13ごう

 ふと気配を感じた。とろりとろりとしたみずあめの海の奥深く、おおきな生き物の影が、ちらと見えた。息が苦しい。水が欲しいな。いっそあれに捕食されてもいい。おおきな生き物はそんな思考を察してか、ゆっくりと近づいてきた。
 サンキュー、神さま。

 ―――Y

 沈みかけのコップにうつる死にそうな自分の目で目が覚めた。
 360度水平線が見渡せたが、片目はしっかりみえなくなっていた。

 シンクにとろけてしまいそうな意識のままおまえを切ってる感じ、
 わかってくれとはいわないけど黙っていてほしくもない。

 おまえってほんとうに使えない。


 ―――Y
 

 例えば、よくできた精巧なクリスタルの階段を
 靴底鳴らして駆け足でのぼっていく老人のように

 崩れた仮定は否定で埋めて
 呟きをこぼしてはその中におぼれる意図を
 足にからめてめちゃくちゃに走る
 うそとか可能性だとか、形のないただの真空へ向かって


 ―――Y


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 ―――Y



 わたしがあんなにも愛をささやいたのに、
 あなたの舌はうそらしくうごめくだけで
 今はいっそ死んでくれればいいって思うわ


 ―――Y


 水道水をすすりながら苔生した縁側にて

 鍵盤に流れる指が聞いたこともない音を垂れ流すのを
 沈んでは浮く意識の中でかすかにとらえていた

 命を奪うのではなく死を与えるのだ
 幾何学的な意図に花吹雪が舞う錯覚

 手のひらの花びらは融けて赤い水になる
 やがてはわたしの腹の子も彼のように女をだます男になるだろう

 ―――Y

 ジェット機は、中の人たちが落ちないようにと
 一所懸命念じているので、なかなか落ちません。

 ―――Y

 対消滅のように脱構成は成された。


 ―――Y


 わたしは産前、あたたかな羊水のなかを漂っていた。
 そこは始まりも終わりもない穏やかさに満ちていた。
 なつかしくたおやかな調べが漂っているようでもあった。
 海面から離れるにつれ、お日さまは少しずつ光を忘れるだろう。

 けれど、なつかしい調べはやさしく包むことを忘れないだろう。

 血の海にわたしが姿をみせたとき、なぜわたしが泣いたのか、
 もはや人間として生きるわたしには思い出せないのだ



自由詩 涅槃 Copyright こんぺき13ごう 2008-06-28 23:13:41
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