小道
アンテ


金属ブラシで懸命にこすって
庭の水道で洗い流すと
スコップも裁断ばさみも
見ちがえるようにきれいになった
せっかく用意したリュックには
けっきょく
詰めるものがなにも思いつかない
縁側に置いたバケツの鉢のなか
柿の木の芽が
新しい葉を陽射しに広げている
シャツの袖をまくり
靴紐をしっかりと結んで
準備万端
庭に出ると
垣根の木々はどれも手強そうで
それでもいちばん手強そうなのを選んで
裁断ばさみで枝を落としていくと
ぱちん
と乾いた音がするたび
胸がずきずき痛む
ここにいれば
ずっと守っていてあげるのに
奥に進めば進むほど
枝は鋼のようにかたくなって
全身の力をこめても
なかなか切れなくて
やっとのことで断ち切るたび
背中や腕に電流が走る
なにかが
なにかを壊していく
それでもどうにか
向こう側まで枝を切りわけたので
スコップで土を掘っていくと
となりどうし
根っこが複雑に絡みあっていて
手で土をかき分けても
かき分けても
とうてい分離などできそうにない
泥だらけになって土を取り除く
指が
爪がずきずき痛くて
もう気が済んだでしょう
何度も首をふる
今までずっと
うまくやってきたじゃない
何度も何度も首をふる
根っこをぜんぶはさみで切ったら
きっとこの木は死んでしまうだろう
涙がこぼれて止まらなくなる
ごめんねごめんね
もう傷つけたりしないから
両腕で木を抱きしめる
ありがとうでも
もういいの
わたしが自分で決めたの
木の枝も
葉っぱも
次第に形を失っていく
輪郭が崩れていく
色が混じり合い
わたしの身体と区別がつかなくなって
溶け合って
本当に死んだりしないの
大丈夫
いつの間にか木は消えてしまって
小さな小道が現れる
腕があたたかい
スコップと裁断ばさみを
物置小屋に片づけて
柿の木の鉢をしっかりとかかえて
もう行かなくちゃ
庭に別れを告げる
小道をぬけて垣根の外へ出る
柿の木が出迎えてくれる
ごつごつした幹が
四方に広げた枝が
こんなに大きかったなんて
知らなかった
鉢植えの芽が小さな葉を揺らす
柿の木はゆっくりと
空を揺り動かしている
日当たりのいい場所
を見つけなくては
柿の木の根元にうずくまって
空を見上げていると
なつかしい場所に帰ってきた気がする
枝のあいまに見える空が
枝葉が揺れるたび形を変える
ただいま
形を変えている




自由詩 小道 Copyright アンテ 2008-06-27 00:45:23
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