蟻塚
りゅうのあくび
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昨夜は哀しい夜でした。それはもう蒸し暑くて。ひとりの老人のための美しく孤独な死が訪れていて月灯かりもありませんでした。ずいぶんと重い雲がたなびく夜でした。人を乗せた列車も走らない深夜に、貨物列車が珍しく走るサバンナには、線路が響いていました。そして、列車の線路の上で、ひとりの老人の体が遺書とともに横たわっているのでした。手は節くれになっていて、骨と皮だけになった顔には、しわがたくさんありました。老人はもう治らない病気にかかっていて、薬を飲んで治療することもやめていました。閉じられたまなざしは、天国にあるはずの夜空を飛んでいく鳥をじっと見つめているようでした。
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大地には、人間の死んだ肉を捕食する亜熱帯に棲むたくさんの蟻が群らがっていて、塚にある巣へ食糧を運ぶために、土を削って老人のしわよりもずっと深い溝を、いく筋も作っていました。暗闇のなかでそびえる蟻塚の中には、永い夜が来るのを静かに待ちながら、空に向かって長くて小さな孔が空いていて、まるで老人の悲しくて細い血管を、すべてつなぎあわせたような複雑な通路ができあがっていました。陽がのぼる間もありませんでした。老人は、影ひとつ身体ひとつ残ることなく、褐色をした骨と麻織りの服と遺書だけが線路の傍らにあって、魂だけになって大地へと召されていったのでした。あくる朝には、涙を浮かべた老人の家族が、老人の遺物をひきとって逝きました。
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いちりんの白い百合の花が、蟻塚のすぐ近くにたむけられていました。
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Breath of Fire Dragon