おとなに。
Utakata



おとなになるから。
もう泣くのは止めるのだと
きみは言う。

ぼくたちはまるっきりこどもで
お互いの身体に恐る恐る手を伸ばしながらも
やっぱりこどもで

おとなになりたいのかと尋ねれば。
そうしなきゃいけないからだと答え。
顔は
まるっきり笑い泣きだっていうのに

おとなになるということは ちょうど
真夜中に一本の電車を待つようなもので。
無人駅で
遠くの踏切のかすかな音に耳を澄ませるようなものだ

もう泣くなと言いながら
彼らは
喉の奥のかすかな震えや
たましいの
一番柔らかな場所を
ていよく奪い去ってゆく

(でも)

遠くの踏切が鳴り始めると
きみは切符さえ持たない両手をきつくきつく握り締める
もう
泣きたくないから

なんの変哲もなく電車はやってくる そしてきみは
せいいっぱい なんでもないふりをして
それにのりこむ

最後に
きみはひとことだけ ごめんね という。
それは僕にか
それともきみが捨てようとする世界に向けてなのか
それともきみが行こうとする場所に向けてなのか

無人駅にひとりだけ僕が残る
君を乗せた車両のひかりが見えなくなると
僕は小さな音をたててホームから線路に飛び降りる。
後ろから何も来ないことを確かめると
電車が去っていった方向へとゆっくりと歩き始める。



泣きながら歩き続けたって。
どこにも行けないことは わかっているのに。




自由詩 おとなに。 Copyright Utakata 2008-06-22 16:45:13
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