氷喰症
藤原有絵
うだるような夏休みの夜
水を求めるように
冷凍庫から氷をとり
口に入れる
がりがり
噛み砕いたり
飴玉のように
ゆっくり溶かしたり
氷は40度に満たない
僕の身体にすぐ溶け消えた
何気なくもう一つ
暗い台所で
冷凍庫のひっそりした光や
足下を滑って逃げる冷気が
気持ちがよくて
何気なくもう一つ
ある日母が氷を食べる僕に
「あなた、氷喰症なんじゃないの?」
と 眉をひそめた
大丈夫なの?
意味が分からなかった
登校日に先生に聞いたら
「心の癖の一つ」
と 教えてくれた
児童公園の前で
水飴を売る屋台の男から
杏を巻いた水飴の棒を買う
透明なのに
氷より溶けるのが遅いんだよ
早く杏に届きたくて
でも長く水飴を口の中に入れていたくて
母がネバネバしたものを
服につけて帰ると
すごく怒るので
慎重に口を動かす
タネを水飴で巻いた棒を
たくさん並べられた
大きく暑い氷の板を見て
それを食べたいとは思わないから
僕は
氷喰症ではないと思った
うすく杏の味を感じる頃
もう口の中が甘ったるい
でも
味がある方が好きだから
僕は
やっぱり違うなと思った