馬車部屋
暗闇れもん
「ここにいたんですか」
濡れた髪を乾かすことなく、彼はあの空間にいた。
馬車部屋と私は呼んでいる。
重い木の扉を開けるとそこはいつも馬車の中だった。
開いた扉に背を向けて、彼は馬車の向かう闇を見ていた。
雷鳴が轟く嵐の中を漆黒の馬は走り抜ける。
「お客様がお待ちです」
「今日は嵐か?」
「いいえ」
馬車の硬い椅子に同化していた体が少しずつはがれていく。
「今は暗闇か?」
「ええ、月も見えない夜です」
白く細い腕につかまれ、引き寄せられる。
「冗談がすぎます」
「そうだな、爪が折れてしまった」
彼に促され部屋を出る。
彼と私を吐き出して消える馬車部屋。
無造作に髪をかきあげ、落ちた雫が床を赤く濡らしていった。