桜桃忌に捕まえて
木屋 亞万

桜桃を美味いという人の気が知れない
身が小さい割には種が大きいし
小振りなスモモの甘さしかない
驚くほどに痛みやすくてすぐ腐る

果物屋で売り物にならなくなって
処分に困っていた変色した桜桃を
安く譲ってもらえばよかったのだが
僕は店主の目を盗んでかっぱらった

路地の細長い暗闇の中でいくつも
いくつも頬張っては種を吐き捨てた
今ごろ親父は明るい所で桜桃を食って
酒を浴びるように飲んでいるんだ

親父の目の前に盛られた果物から
何一つ家に持ち帰ることなく
すべてをまずそうに食べ尽くしていく
酔って味などわからないくせに
眉をしかめて気取っているのだ

誰か俺を窃盗の罪で捕まえてくれよ
なぜ果物屋の店主は追ってこない
桜桃はかなり高価な果物ではないか
目玉商品のはずなのに痛んでしまえば
さして価値のない物になるってのか

親父が俺に関わらないのもきっと
同じ理由なのかもしれなかった
畜生早く捕まえやがれ日が暮れちまう
果物屋ももう店じまいじゃないか

完全な夜が辺りを蝕んでいく
彼はシャッターを降ろそうとしていた
果物屋の店主を思いきり殴り
今度は真新しい桜桃をかっぱらった
警察に捕まれば父親を呼んでもらえると
信じて疑わなかったのだ
彼の父親の三回忌の夜
墓前には
痛んだ桜桃


自由詩 桜桃忌に捕まえて Copyright 木屋 亞万 2008-06-20 01:18:46
notebook Home 戻る