扉
山中 烏流
玄関を覗くと
見知らぬひとが
まるで、見知らぬひとのように
寝そべっていて
会釈で挨拶を済まし
扉を開くと
そこには黒い影だけが残り
あとは色だけだった
気にしないことにし
放ったままで、台所に行くと
見知った顔のひとが
初めて会うひとのように
笑顔をしていた
玄関には、やはり
もう誰もいない
開く音がして
振り返るようにすると
視界の端の方で、黒いひとが
くるくると笑っている
前を向き直して
見知った顔をもう一度見れば
それは、もう
知らない顔に変わっていた
テレビを見ているひとと
窓の外でうずくまるひとは
見たことがあるようなそぶりで
私の方を見る
瞬きをしたあとで
もう一度、そこを見れば
どちらのひとも
ただの影にすぎなかった
私の指が、吸い付くように
取っ手へと向かっていって
開いた隙間から覗くと
私のふりをしたひとが
天井を見ている
一度閉じてから
もう一度開いてみれば
私がそこにいて
扉を開いたひとは
私の形をした、ただの色だった
窓の外には
死にたがりの影があって
じっと私を刺している
ふりを、している
ガラス越しのひとを
確かめようとして、開けば
そこはただの色で
私は影のようになった
玄関の方に音がして
外側を見れば
私の顔をした私が
何故か、不思議そうにして
私を見ていた
開いた扉から見えた空は
泣き出しそうなくらいの
赤色を羽織っていて
私はそこに何かを見た
ような気がして
影の意味を、知った
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創書日和、過去。