『成虫』
東雲 李葉

黒い雨が止まない。
傘は穴開き視界はバラバラ。
不思議な顔で天を見つめ、
非日常を飲みこむ眼。
酸化していく町並みも、
溶けていった有機物も、
憶えておかねば。消えてしまう。


青を知らぬ幼虫たちは、
素足で瓦礫によじ登り暗い空を見上げている。
飛翔を願う蛹たちは、
青い空を夢見たまま静かに眠りについていく。


黒いけれど朝は来る。
屋根は吹き抜け視界は良好。
分かった顔で空を見たけど、
僕らの罪が分からない。
切り取られた学校も、
抉り取られた心臓も、
何も知らない。見たくない。


トンボの羽を地図に見立てた。
いつの時代も知ってる色は曖昧で。
大人は何も教えてくれない。
灰が巡る血の管は乾ききらずに僕を生かす。


黒い雲が晴れた頃。
償い忘れ孔雀羽を広げる人々。
知らん顔で見上げた空は、
絵の具を絞って広げた色。
酸化していく町並みも、
溶けていった有機物も、
忘れられてく。消されていく。


青を知った幼虫たちは、
光に群がる成虫から美しい繭を与えられる。
黒を知らない蛹たちは、
広く明るい繭でさえ眠りにつけない。


久々黒い朝が来る。
傘に穴開け視界を広げる。
不思議な顔で僕を見つめ、
指を指して笑う蛾たち。
切り取られた学校も、
抉り取られた心臓も、
誰も知らない。見たがらない。


蝶がここから消えていく。
時代と言えばそれまでだけど。
幸せなのか不幸せなのか。
薄まる命の尊さが悲しくて仕方ない。


自由詩 『成虫』 Copyright 東雲 李葉 2008-06-14 19:57:28
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