ポスティング業務のこと
吉田ぐんじょう

寒かったから
多分冬だった
カレンダーの数字が青かったから
きっと土曜日だったろう

その日わたしは
当時勤めていた会社のチラシを
マンションやアパートのポストに挟み込む
所謂ポスティングという業務をやった

上司が
例え営業でどこかに訪問しない日でも
きちんとしてなきゃならない
と言うので
みんなスーツと革靴で
わたしは新人だったので上司と同行で
チラシを
ひとり二千部くらい
車に積み込んで出掛けた

アパートやマンションを見つけると
すぐさま停まり
チラシをポストに入れてゆく
錆びた学生向けアパートや
リッチなファミリー向けマンションに

存在を発信するみたいに

暗い暗い明け方の海に
頼りなく撒き餌をするみたいに

上司はチラシを少しでも折って入れると
真っ直ぐに入れないと会社の印象が悪い
と言い
上にする面を間違えると
それだと見た目が綺麗じゃない
と言い
果てはわたしに向かって
君は会社を潰したいのか
と言ってきた

怒りがわいたので
この人はきっと潔癖症で
家に居るときはテディベアかなんか抱っこして
永遠にコロコロで部屋を掃除してんだろなあ
と想像してそれを抑えた

チラシはあと少しだった

最後に入った団地のことは
今でもよく覚えている

そこは国みたいに広くて
がさがさに雑草の生えた庭や
ひびわれた階段なんかに
お菓子みたいな色合いの
子供用自転車や砂場セットが置いてあり

戸数の数だけある
台所の硝子窓からは
しきたりのように
ハンドソープや洗剤が
背を向けて並んでいるのが見えた

静かで何の音もしなくて
誰もいないからかえって
人の気配が濃厚で

すべてのチラシをポストに入れ終えて
荒い息で空を仰いだ

風ばっかりが
透明な子供みたいに
足元でくるくる遊び回る

遠くで上司が呼んでいた

それから間もなく
わたしは会社を辞めた

最後の日
お世話になりました
と頭を下げたけど
電話が鳴るばっかりで
上司は何も言わなかった

同期で入った人が作り笑いで
もういいよ
と言ったと思う

少ししかいなかったはずなのに
事業所で履いていたスリッパは
すごく臭くなっていて
持ち帰るのが躊躇われた

たったそれだけ

いま会社のことを思い出すと
何故か
みんなで海にいる情景が思い浮かぶ
総天然色の
写真みたいな静止画で
全員アロハシャツと半ズボンで
馬鹿みたいに笑っている

誰もあんなに
笑ったことなんてない
それ以前に
海なんて
一回も行ったことないのに



自由詩 ポスティング業務のこと Copyright 吉田ぐんじょう 2008-06-13 10:44:37
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