ドライフルーツ
渡 ひろこ

「別れる日は決めてあるんです」
あどけない顔をして
サラッと彼女は言う
離別の餞まで手に入れた
お人形のような瞳には
背景の妻子の温度は伝わらない
サーモスタットはいつ壊れるかわからないのに



いま足元に流れるタンゴが
こっそり深淵の怖さを語って
ヒタヒタと彼女の踝まで満ちてきている
大人のズルさが彼女の薄い胸に
なげかける罠





ロリポップ舐めつくした細い棒
どこに捨てるかもてあまし
ガラスの器
食べ残されたプルーン
ためらいなく突き刺して
滲む果汁を
華奢な指先ですくおうとも
すでにジューシーな果肉は啜られた
ドライフルーツがころがる




期限がきたらダスト・シュートに放るだけ
計画通りのきれいな幕引き
(日に日にカラカラに乾いていく
 果実を握った手のひら
 痛くはないのだろうか)




ロープレみたいに物語は終結するのか
お人形の目がゆれだしている
胸元に忍びこんだサテュロスが蠢きだして
みずみずしい果実にもどそうと
囁いている
戸惑う彼女に思わず叫ぶ




(ドライフルーツ齧らずに今すぐ放物線を描いて!)




ラビリンスという
葡萄酒の一滴がそそがれる前に


   

    ※サテュロス   ギリシャ神話の酒好きで好色な山の精
    


自由詩 ドライフルーツ Copyright 渡 ひろこ 2008-05-26 21:12:30
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