音の回廊
渡 ひろこ

雑居ビルの中にある小さなライブハウス
彼女が鍵盤に指先を下ろした瞬間
スタインウェイは真っ直ぐに彼女を見つめた


たたみかけるような熱い音の重なり
スタインウェイと彼女の間には
透き間がない
プロとしての匂いを即座に感じ取り
ピッタリと吸いつくように
全身で彼女に応えてる


みるみるうちに二人のつなぎ目から
螺旋状の音の回廊があらわれた


ステージからせまいホールいっぱいに
繰り出して
深い赤や瑠璃色に変化して
しなるように揺らめいている





私は巨大なコイルとなった音の回廊を歩いていた





彼女も背景をもふくんだエネルギーが渦をまく
強く情熱的な旋律


ついさっき私が怖々触れたスタインウェイは
不機嫌に鳴り
気後れしたタッチの羅列に
拒絶の溝をめぐらせていたのに




弱々しい音色 


解離していく鍵盤 


見透かされてしまった指先




回廊を震わす
渾身のリベルタンゴが流れだした
己に対する厳しさが
刃のような響きとなり
私のメッキをバリバリ剥がしていく



アンコールの割れんばかりの喝采の中
着飾った薔薇のコサージュごとバッサリ斬られ
丸裸になった私は




耳まで真っ赤になりながら
床に散乱した
鈍色のメッキを拾い集める







  

    ※スタインウェイ    ドイツ製のグランドピアノ

   


  


自由詩 音の回廊 Copyright 渡 ひろこ 2008-05-19 20:57:20
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