マドイホタルのはなし
あすくれかおす
「ここは秘密の特等席なのさ。
嫌なことや考え事がありゃやってきて、
仕事サボって、プカプカくつろいでんだよ」
昨日はセールスマンのおじさん、煙草をふかしながらこんな話をしてた。
誰かのそばで、話を聞いてあげること。
それがそっくり、私のばんごはんになる。
話を聞いてお腹いっぱいになったら、すぐにバイバイよ。
なんていうと、ちょっと薄情かしらね。
『わしらにとって肝心なのは、光りかたじゃ。
何に対して光るかって?そんなもん、自分で探すんじゃよ』
じいちゃんはそう言ってたっけ。
私たち、マドイホタルって呼ばれてる。
私たちの命って、ワンコや人間よりも、ずっとずっと短いんだって。
全然そんな実感はないんだけどね。
だから長くはいられない。
「窓居蛍」なんて呼ばれることがあるのもその由縁みたい。
話を聞くこと。ご飯を食べること、そして光ること。
私はどこかに、一等光ることのできる話を探してる。
素晴らしい光りかたをすることが、私らの生きてる意味だから。
みんなの話を聞いて、それにふさわしい光をはなつんだ。
そう言いながらもただ単に、ご飯を食べたいだけのようでもある。
欲望の区別ってやつは、いつだってむつかしい問題なんだ。
ある日の私、車がびゅんびゅん走る道のそばで夕涼みしてた。
高速道路ってやつ。
車が怖くないかって?
こう見えても私、飛行機にだって乗ったことあるんだ。
機長が高所恐怖症を克服したときの話、あれは可笑しかったな。
こうしてうろうろしてると、声が聞こえるんだ。
いわゆる心の声ってやつかな。
(マドイホタルは車の流れをうまくつかんで、
いっそんさんに、ひゅるんと飛んでいく。
青いワゴンの後部座席で、男の子がうつむいている)
「どうしたの」
「今日で引っ越しをするんだ。ずっとずっと遠くに行くんだよ。
もうみっちゃんとも、そうちゃんとも遊べない。
だけど、花火大会にだって行かなくちゃなんないしさ、約束したんだもの。
新しい秘密基地への道だって、ぼくしか知らないんだ!」
窓ガラスにおでこをくっつけたまんま、男の子は黙り込んでしまった。
マドイホタルも少しうつむいた。
だけどそのとき思ったんだ。
私はみっちゃんにもそうちゃんにもなれない。
お尻の光りだって、花火なんかよりちっぽけだ。
でもそうじゃない。
私ずっと、一番の光りどころを考えてたけれど、そうじゃない。
光りの強さでも、大きさでもない。
私が、私じしん、思い切って光ることができるかどうか。
目の前にある喜びや楽しさ、哀しみや切なさにたいして、一生懸命に呼応できるか。
私が選択すべき意志って、それだけで充分なんじゃないかって。
(マドイホタルのお尻が輝きだす。
その不思議な光を手に取ろうと、男の子が手を伸ばす。
けれども光は淡く螺旋状に広がって、車の中から窓の外に吸い込まれていった)
男の子はしばらくぼんやりすると、後部座席特有の眠気におそわれて寝てしまった。
マドイホタルはもうそこにはいない。
いや、はじめからそのようなものは、いなかったのかもしれない。
・・・・・・・・・・・・
街灯の光、ろうそくの光、螺旋状の光、モニタを眺めるあなたの、目の光。
光は戸惑っているのかもしれない。
世界に溢れる、無数の思いに。
同時に光は、懸命に呼応しているのかもしれない。
目の前にある喜びや楽しさ、哀しみや切なさにたいして。
後部座席で目覚めた私は、妙な角度のまま窓の外を眺めている。
トンネルからいくつもの光を投げつけられて私も、ホタルになったような気分になった。
・・・・・・・・・・・・・
そっとつかまえた
ゆるくにぎった
窓をあけたら
すぐ逃げてった
後部座席は小さなぼくの街
両親の声も遠くのほうから
飽和していく低い音
外側の速さも
いつのまにかスローモー
雨粒は大声で
静けさを街に閉じこめて
半透明にゆがんだ顔の
ぼくはぼくとにらめっこ
トンネルはオレンジ
大きな街には双子の山
ステレオはブルー
夜の寝息は花火のリズム
窓越しにみたものは
何だったのだろう
故郷の匂いと
サヨナラしたのだろう
あの日の雫がいつの日か
ぼくらの街を濡らすだろう
そのときにはまたもう一度
マドイホタルをつかまえよう
そっとつかまえた
ゆるくにぎった
窓をあけたら
すぐ逃げてった