『魚の目』
東雲 李葉
ある日
壁の向こうは不思議な国で、僕は確かここで生まれた。
真っすぐなものは何一つ無くて温い空気で生きている。
パパはこないだ死んでしまった。壁の向こうへ連れていかれて。
向こう側には僕らとは違う奇妙な生き物が泳いでいて、
ぎらぎら光る尖った石でパパを叩いて切り裂いた。
「僕はなんで生まれたの?」賢いママに尋ねたら、
「綺麗な形で死ぬためよ」虚ろな両眼で外を見た。
パパがパパでなくなってもママはずっとパパを見ていた。
僕はそれを見たくなくって両目を閉ざそうと躍起になってた。
その日
僕は確か向こうを見ていて大きな目玉と目が合った。
ママは「逃げて」と叫んだけれど大きな泡が出たと思うと、
僕は息が出来なくなってた。
熱いもので身体を掴まれ、暴れたら尻尾を叩かれて、
目の前には美しいようで奇怪な生き物が微笑んでいて、
あとは、あとは、
あとのことは憶えていない。
この日
僕はようやく僕の生まれた意味を知った。
パパがパパでなくなってもママはずっとパパを見ていた。
僕が僕でなくなってもママはきっと僕を見てくれる。
尻尾の先まで咀嚼されながら僕は最期まで目を見開いていた。
いつかの日
この水槽には誰もいない。
外の世界にも誰もいない。
あるのは二つの目玉だけ。
彼か彼女の目玉だけ。
僕が僕でなくなっても目玉はずっと僕を見ていた。