いちという場所
友里納
いち、にい、さん
カウントをする
いち、にい、さん
意味
にかっこをつけてみる
「意味」
無意味なふるまいだ
きみの場所はとっておいてあるからいつでも
すきなときに
できれば
また来てはくれないだろうか
、といわれた
という話をするとき相手はいつもぼくがそれを相手に
いっているという勘違いをする、人間は音声記録装置ではないからそれも
仕方のないことだと思うかもしれないが音声記録装置を作れるということは
そもそも人間に音声記録装置の要素があるということに他ならないのだ
ところでぼくにきみの場所はとっておいてあるからいつでもすきなときにできればまた来てはくれないだろうかといった人物は
すでにぼく以外の「きみ」をみつけて音声記録装置らしきふるまいをしている
その人物の今後発する
きみ、
という言葉はその時点で言葉崇拝者的にもしくは言葉至上主義者的にいえば
言葉ではなくて既に音声なのだがそれもやはり
言葉に音声としての要素があるために違いないのだ
空虚がある
ためにかっこで輪郭をつけてやる必要があると判断された対象たちを抱き集めて
カウントをする
いち、にい、さん、いち、にい、さん、
さんからの反復にぼくはときたまついていけなくなる
いち、にい、さん、
たくさんの反復に押し出された意味たちに無意味なふるまいをとらせつづける
ことが暴力以外のなにかであるような意味を備えた暴力として
見咎められないうちにまたいちにもどり