距離
餅月兎

いつもじとじと湿っているこの街が
珍しくからっとしている
空に雲はなく
赤裸々に青を露出させている

そしてぼくは手帳の予定をなぞる
風は穏やかに通り過ぎ
なにごともない

なのに
この体の中心が
ちりちりと
ちりちりとするような感覚は何だろう

そうか
今日はお通夜なのだ
退社後急いで喪服に着替えたり
香典袋を用意したり
そんなことはしなくていい仲なのだが
今日
この爽やかな空の向こうで
ひとつの
いや無数のお別れがあり
その何倍もの人が悲しみにくれていると思うと
ちりちりする

だから

手帳を閉じて
君に会いに行きたい



五月雨に光ったアスファルトを
さまざまな色の車が飛沫を上げて滑ってゆく
川は水嵩を増し
流れも速い

そしてぼくは時ならぬ寒さに上着を探す
雨はガラス窓をたたき続け
なにごともない

なのに
この体の中心が
ぽかぽかと
ぽかぽかとあたたかいのは何故だろう

そうか
今日は予定日なのだ
産科の場所を確認したり
出産祝いを用意したり
そんなことはしなくていい仲なのだが
今日
この雨の向こうで
ひとつの
いや無数の誕生があり
その何倍もの人が新しい出会いに
胸をいっぱいにしていることを思うと
ぽかぽかする
そしてちりちりする

だから

雨の中走って
君に会いに行きたい


自由詩 距離 Copyright 餅月兎 2008-05-10 08:48:41
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