「あなたにしかできないこと」
ベンジャミン

「あなたにしかできないことがあるので
 どうかいっしょにきてください」と

いきなり見知らぬ紳士に呼び止められた
物騒な犯罪やらも頭をかすめたけれど

「ほら あそこです いそいでください
 あなたにしかできないことです」と

せかされるままにスクランブル交差点で
いつのまにか立ち尽くしているおばあさんの横
ひっきりなしに行き交う
人と車を眺めていた

「ほら あそこのしんごうがみえますか?
 あなたにしかできないのでたのんでいます」

紳士はそう言うと
さっと先に行ってしまってもう見えない
けれどその先に見える青信号の
点滅を始めたその人のかたちが
なんとなくさっきの紳士に似ているようで

僕は立ち尽くすおばあさんの手をひいて
スクランブル交差点を急いでわたった

さっきの紳士は
もうやっぱりいない

おばあさんは
「ありがとう」と言ってくれた

僕は苦笑いしながら
「だれにでもできることですよ」と

ちょっと申し訳ない気持ちで
いまはうっすら暗くなっている

その青信号の人影の下

ちょっと嬉しいような複雑な気持ちで
ちょこっとおじぎをしてみせた
 


自由詩 「あなたにしかできないこと」 Copyright ベンジャミン 2008-05-08 12:22:35
notebook Home