待合室のひと
恋月 ぴの

長い間待ち望んでいた瞬間が訪れる
受付の看護士さんに案内され
病院らしい匂いのする待合室の長椅子に
わたしはひとりで腰掛けていた

手術自体はあっと言う間ですから

こころにメスを入れるなんてと
狼狽えるわたしに向かって
若い担当医は自信満々な口振りで答えた

わたしにも思春期があったとして
その頃からだったのか
わたしを捕らえて離さなかったもの
片時もその存在を忘れることの出来なかったものから
わたしはついに解き放たれようとしている

いよいよだからね

ちょっと汗ばんだ掌を見つめていると
わたしの名を呼ぶ声がして
手術室の扉が開き
白いベッドが眩しさのなかに浮かび上がってきた

待合室の長椅子から立ち上がり
眩しさに招かれるまま歩みはじめたとき
わたしは気付いた

忌み嫌い取り去ってしまおうと思ったものこそ
わたし自身の総てだと言うことに

どちらへ行こうとしているのですか

背後から看護士さんの声が追ってくるけど
何処へ行こうとしているか
そんなことまで判るぐらいなら
こうして生きている意味なんて無い気がして





自由詩 待合室のひと Copyright 恋月 ぴの 2008-05-03 21:47:11
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