辛くて辛過ぎてもう堪えられない
木屋 亞万

あまりに何でもかんでも辛いものから逃げるために嘘をつき続けていると連鎖的に現れるいくつかの事にも嘘をかぶせていかなければ気持ち悪いくらいにつじつまが合わなくなってゆくので仕方なく嘘を追加していくのだけれど膨れ上がってきた嘘の群れのこまごまとした部分からどれが嘘だったかあるいはどこからが嘘だったかがわからなくなってきてある種の麻痺症状のような状態に突入する訳なのだが元々取り返しがつかないくらい大量の嘘にまみれてでも目を背けたかったような事柄なのだから麻痺しようが壊死しようが関係のないことでむしろ歓迎すべき事態ではないかとずっと思っていたのだけれど現実はそんなに自分に対して都合の良いようにはできていないみたいで臭いものに蓋をしたら内部はさらに臭くなり隙間から漏れたり浸透してきたりする臭いが堪えられないくらい濃い臭いになってしまうのでさらに厳重に蓋をするようになるのだが蓋だけでは足りなくなってきて頑丈そうな箱に詰めてガムテープでぐるぐる巻きにしたあと冷蔵庫に入れてそれを鎖でぐるぐる巻きにしたものを一回り大きな金庫に入れて裏山の人が滅多に通らない場所に運んで埋めてしまうくらいまでは嘘で固めたのだけれど地震雷火事親父のように天災と辛さは忘れた頃にやってくるもので今日は久しぶりに暑かったからアイスでも食べようかと思って開けた冷凍室に「よっ!久しぶり」と言う顔で茶の間から追い出された親父みたいに狭そうに正座していたりするものだから不意打ちアッパーをくらった平常心がよろよろと狼狽し始めて均衡を失った原子のように不安定な心から溢れ出てくる巨大過ぎる力にただうろたえる他なくなってしまう訳なのであって一度そうなってしまえば全身の毛が逆立つような気持ち悪い感じに少なくとも数カ月は襲われ続けなければならないので強力な静電気を常に身に纏いながら何とも言えない不快感に堪える日々を過ごさなければいけなくなるのだけれどその間にも己の意思に関わらず様々な物に触れていく事必要があるのであっちでパチパチこっちでパチパチなってくる訳であってドアノブ一つ回すにもパチパチトイレットペーパーめくるにもパチパチで幾度となく眉をしかめざるを得ない状況に陥ってしまうのでやはり嘘なんてつかなければ良かったと痛感するのだけれども今更そんなこと言っても後の祭な訳で嘘は借金の先送りみたいなものでたいして出世をする見込みもないのに今払えないお金に利子まで添えて払えるような将来を期待してしまったようなものなのであって「時間薬とでも言えばいいのかなぁ時間が経てば辛い記憶も薄れてきて今振り返って見るとどうしてあの時そんな事で苦しんでいたんだろうと思いますよね」なんて経験者は語る調でまことしやかに語られているのにまんまと騙されて嘘をつきながら騙し騙し辛いものに堪えてきたけれど時が経っても辛さを乗り越えられるような成長はできなかったのだ本当に残念だけれど




だから君、何でもかんでも料理を辛くする必要なんてないんだ。「辛いものが大好き」って言ったのは君の前でカッコつけたかっただけで、あの日の僕は辛いものをバクバク食う人がカッコいいという勘違いをしていたんだ。実は嘘だったんだと君に言うのがカッコ悪い気がして、それに君に嫌われるのも恐くて「こんな辛くも何ともないもの食う気にもならないね」なんてやけくそで強がったりもしたね。ごめん。
でももう限界だ。汗の量がおかしくなってきたし、舌は痺れたまま何を食べても味がわからなくなった。それに肛門がピリピリを通り越してパチパチと痛むんだ。もう辛いものは当分食べたくない。だから謝りたいと思うんだ。君にも辛い思いをさせたかもしれない、本当にすまなかった。

あぁ、ハチミツとリンゴがたっぷり入ったとびきり甘いカレーが食べたいよ。なぜなら僕は甘いものが大好きだからね。


散文(批評随筆小説等) 辛くて辛過ぎてもう堪えられない Copyright 木屋 亞万 2008-05-02 21:07:43
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