ネクロフィリア
六九郎
年老いた彼はいつも
解剖学者の手つきで
本を読む
夏草が道を覆い隠す勢いで家中に繁茂した本達は
彼の手が触れた瞬間にほんとうは
喜びでかすかに震えてしまうのだが
自分たちは死体だったのだと思い直し
じっと身を硬くする
彼の指がひそやかにページをめくると
できるだけ奥のほうまでを晒そうとするかのように
体を開く
臓腑を分ける丹念さで彼の目と指が
文字をなぞっていく
あるべきものがそこにあり、以前の姿と変わらないことに満足すると
彼はその本をそっと元の場所に横たえる
彼はもはや家の中に何冊の本があるのか知らないし
また本が増えていることにも気づかない
ある朝いつものように
一冊の本をとろうと棚に手を伸ばした彼が
不意の発作に襲われ床に倒れると
まだ痙攣を続ける彼の上にとめどなく本が降り注ぎ
彼の体を覆い隠していく
彼の痙攣が止んだ後も
しばらく本は震えを止めない