ネクロフィリア
六九郎



年老いた彼はいつも
解剖学者の手つきで
本を読む

夏草が道を覆い隠す勢いで家中に繁茂した本達は
彼の手が触れた瞬間にほんとうは
喜びでかすかに震えてしまうのだが
自分たちは死体だったのだと思い直し
じっと身を硬くする
彼の指がひそやかにページをめくると
できるだけ奥のほうまでを晒そうとするかのように
体を開く

臓腑を分ける丹念さで彼の目と指が
文字をなぞっていく
あるべきものがそこにあり、以前の姿と変わらないことに満足すると
彼はその本をそっと元の場所に横たえる
彼はもはや家の中に何冊の本があるのか知らないし
また本が増えていることにも気づかない

ある朝いつものように
一冊の本をとろうと棚に手を伸ばした彼が
不意の発作に襲われ床に倒れると
まだ痙攣を続ける彼の上にとめどなく本が降り注ぎ
彼の体を覆い隠していく
彼の痙攣が止んだ後も
しばらく本は震えを止めない


自由詩 ネクロフィリア Copyright 六九郎 2008-05-02 17:37:51
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