徐行運転を続ける旧型のブルーバードの不安を煽るような排気ガスの青色みたいなものだ
ホロウ・シカエルボク




朝露の反射が前頭葉を貫いた
古い文字盤が12時間前から
崩れ落ちてリビングの雪になる月曜日
イエスタデイズ・ペーパーのまだ疲れていない端で
世話焼きな精霊どもが次々と指を損ねる
勢いまかせの彼らの呪詛はカマイタチとなり
俺の一番脆いところに狙いをつける周到さ
朝一の電話でその日が駄目になる予感がした
そんなに日は何をやっても事態は好転したりしない

まだ人の気にあまり汚れていない繁華街
出来たばかりのフリーペーパー、クーポンばかりのそれを配る女の笑顔は
黒目の奥に差し迫った支払いの影が見えた
保証のない金で景気は
尻を叩かれてるみたいに先走る
弾き出された数字に
安堵しなけりゃいけない理由なんて誰にもないはずだろう
足元のカゴに仕事をたくさん残した女が
俺をだいたい十円程度に見ていることは疑いようがなかった

「街の中の森」をイメージして作られた庭の
駐車場に面した部分がみんな切り落とされた
落葉だの虫だのでそこを利用するドライバーから苦情がついたのか
まるで古典的なワールズ・エンドみたいに
わざわざ連れてこられた森はギロチンにでもかけられたみたいにそこでお終いにされた
白い断面が朝日に晒されている
俺は噛んでいたガムを
停車位置の枠線に向かって吐き出した
俺に思いつくバランスと言ったらそんなことぐらいしかない

小柄な男が運転する原動機付自転車に無理な追越しを掛けた若い女の運転するデミオが
追越しきれずに曲がり角で接触事故を起こした
投げ出された男は二度ほど激しくへこんだ右肩を震わせたが
それきりぴくりとも動くことはなかった
若い女はパープルのデミオから降りてきて
男の様子を見て蒼白になった
命を落とすほどの勢いには見えなかったが
打ち所というやつは見ているものからは想像もつかない部分があるから
彼女はせめて早く電話をかけるべきなのだが

俺の仕事は便宜的なもので
ただそこに居ればそれでいいという一日もある
自分用の机に腰を下ろして「眼を開く」なんか読んでいると
通りすがりに当てこすりを言っていくようなやつなんかが居る
大人と大人がそれぞれの仕事をしている場所なんだから
もう少し自覚を持って望んでくれりゃあありがたいんだがな
無駄な教養を消化した連中のほとんどは
自分が美徳だと信じすぎたものの大半から
鼻をひん曲げるような臭いが立ち昇っていることに気づくことはない

昼休みには冬目景を読んでいた
黒糖パンにマーガリンを挟んだやつと
カロリーメイトをアロマ・ブラックで流し込みながら
きちんと食べないと身体に毒だと標準的な生活のしおりには書いてあるけれど
標準を意識しすぎてパイプを詰まらせるようなことはなるべくしたくないんだ
俺は自分の胃袋くらいには自分のジョークを理解して欲しいと思う
標準を基準にしないで
自分の力で物事を解体して核を見つける作業を怠らないようにして欲しいんだ
腹が減らない時間の食事ほどしっくりこないものはない

いつもは
乾燥フードを出来るだけ速く喰い切ろうとする犬みたいに
俺は詩作に励むのだが
今日はなんだか
雨上がりに水たまりを踏まないようにするみたいに言葉を並べている
書こうという気持ちが少しはあるようだが
書こうとするものは別段無いみたいだ
だからとりあえず古い靴を濡らさないように気をつけながら
ここまで綴るのに一時間掛かった

さて
そんなわけだから
俺にはいま自分が並べているものにどんな価値があるかは
まったくもって見当をつけることが出来ない
靴はどうにか濡らさないように歩いてくることが出来たかもしれないが
乾燥フードは喰い切る前にご主人様に片付けられてしまうかもしれない
いつも通りじゃないからそんな気分になるわけだが
それって俺自身の
標準に縛られてるってことなのかもな

この詩を書き出したとき、おそらくは途中で見えてくるモチーフに合わせて
どんどんどんどん加速していこうと考えていたのだけれど
いまでも滑り出した速度のまま
俺の指は随分な数の単語を打ち間違えている
明日はゴールデン・ウィークの前の最後の一日で
どうせ特別忙しくなるような用事などあるわけはない
空いてる時間で詩のひとつでも仕上げられりゃ格別だけど
きっとチープな携帯ゲームで時間を潰すのに精を出すのみさ
チープな場所にはチープな消費というものがもっとも相応しいんだ

正直言って十時を過ぎた辺りから妙に眠くて
俺はあまりここに書いていることに集中してない
とりあえず文字数だけはたっぷりと稼いで
とても大事なことが書いてあるみたいに偽装しておかなくっちゃな
君、こういうのけしからんことだと思うかい
だけど意外と読んでるやつらにゃ書いてるやつの気分なんて関係がないとしたものだぜ
なりゆきでもなんでも
出来上がる前に意欲が主張なんかしたりしたらいけないと思うんだよね
近頃のK―1の煽りムービーみたいになっちゃうんじゃねぇ

ここには確かに時間の流れってもんがあったのさ
俺がそれを把握しようがするまいが
目覚ましのアラームの向こうに忘れられる一日であろうがね
瞬きをするとワードの文字が一瞬青く見える
初めて買ってもらった万年筆が吐いてた安っぽいインクみたいに
ジョン・ゾーンのバンドでよく使われる
ワン・ストロークのみのディストーションギターと同じ間で
猫のような欠伸が沸いて出る、それは数年前に死んだ飼い猫を思い出させる
もう、寝るよ




自由詩 徐行運転を続ける旧型のブルーバードの不安を煽るような排気ガスの青色みたいなものだ Copyright ホロウ・シカエルボク 2008-05-01 22:39:47
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