君を思い出している
吉田ぐんじょう



眼を閉じるとそこは
金木犀の香る秋のベンチで
横には
もう何度も思い出しているから
びりびりの紙のようになってしまった
いつかの君が
黙って座って煙草をすっている
周囲がいやにうるさいので
ここは大学だと気づく

うどんのにおいがする
学食で君はいつもうどんを食べてた
君のめがねは
うどんの湯気で曇っていて
まるで本心が見えなかった

眼を開くと
汚い部屋の中で
わたしは仰向けに寝そべっている
それがあんまり毎晩続くから
何かの病気かも知れないと思っている



町の人がみんな君に見えるので
なんだか怖くて
外出できないようになった
家の中で君を思い出すと
部屋の中は君でいっぱいになり
そのうち息ができなくなってしまう
気散じに鉛筆を持って
その辺の紙に君の顔を描いてみるが
まるで似ていないので
ますます苦しくなってしまう



君 君 君

半紙に墨汁で書きなぐってみたい
百回書くころになればきっと
君が墨汁の文字からむくむく生えてきて
わたしの前で微笑むかも知れない



花びらを弱くむしるように
毎日毎日何かを忘れていく
花びらは道に点々と落ちて
まるで道しるべのようだ

こんなに遠くまで来てしまった
と後ろを振り返ったら
あんまり遠くまで歩いてしまったから
多分もう戻ることができない
海鳴りのような音が聞こえる

肩を落として歩いてゆく
もうすぐわたしは森に入るところ
森の奥まで進んでいって
思い出なんかみんな落として
からっぽになって死んでゆくところ



自由詩 君を思い出している Copyright 吉田ぐんじょう 2008-05-01 03:34:52
notebook Home 戻る