君を思い出している
吉田ぐんじょう
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眼を閉じるとそこは
金木犀の香る秋のベンチで
横には
もう何度も思い出しているから
びりびりの紙のようになってしまった
いつかの君が
黙って座って煙草をすっている
周囲がいやにうるさいので
ここは大学だと気づく
うどんのにおいがする
学食で君はいつもうどんを食べてた
君のめがねは
うどんの湯気で曇っていて
まるで本心が見えなかった
眼を開くと
汚い部屋の中で
わたしは仰向けに寝そべっている
それがあんまり毎晩続くから
何かの病気かも知れないと思っている
・
町の人がみんな君に見えるので
なんだか怖くて
外出できないようになった
家の中で君を思い出すと
部屋の中は君でいっぱいになり
そのうち息ができなくなってしまう
気散じに鉛筆を持って
その辺の紙に君の顔を描いてみるが
まるで似ていないので
ますます苦しくなってしまう
・
君 君 君
と
半紙に墨汁で書きなぐってみたい
百回書くころになればきっと
君が墨汁の文字からむくむく生えてきて
わたしの前で微笑むかも知れない
・
花びらを弱くむしるように
毎日毎日何かを忘れていく
花びらは道に点々と落ちて
まるで道しるべのようだ
こんなに遠くまで来てしまった
と後ろを振り返ったら
あんまり遠くまで歩いてしまったから
多分もう戻ることができない
海鳴りのような音が聞こえる
肩を落として歩いてゆく
もうすぐわたしは森に入るところ
森の奥まで進んでいって
思い出なんかみんな落として
からっぽになって死んでゆくところ
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