静かな生活
udegeuneru

山のふもとで犬と暮らしている男はある朝
冷えた鉄を額に押し付けた


男は日の出と共に起き、歯を磨き、顔を洗った
薪ストーブの上でうどんを煮込み味噌で調味し食べた
丁寧に茶を淹れ、少し冷ましてから飲んだ
食べ終わるとすぐに鍋や食器を洗い、笊の上に置いた

それから霞が立つ森の中を犬を連れてゆっくりと歩き出した
ゆるやかな斜面の上に一定の速度で足を踏み出した
角度が急になってくると息が上がり、男の体から白い湯気がたった

山頂には座るのに丁度良い岩があり、男はそこへ腰掛ける
犬は地面に這うようにして座り、舌を出し、はあはあと体全体で呼吸していた
犬は老犬であった
男は水筒の水を半分飲み、残りの半分を犬に飲ませた

男は岩の上であぐらをかいて胸を突き出した
しばらく遠くの風景をみた後、目をつぶった
10分ほど経って、犬がくしゃみをした
男は目を開け、ひと呼吸おいて立ち上がった


まばらに杉が生えている急な斜面を一気に駆け下りた
木をかわしながら、また時折手をひっかけて方向転換に利用する
数メートル先の地面を見て、足を踏み込む場所を決めていく
犬は後ろ脚の筋肉をバネのように使い倒木を飛び越えた

そのままの勢いでふもとの家まで稜線を走り抜けた
呼吸を整えると物置小屋から猟銃を取り出した
犬はまた地面に伏していた

正座から立ち上がる途中のような姿勢で座り
滑らかな石の割れ目に銃床を固定し、銃身の先端を額に押し付けた
石、木、鉄、肉、骨、そして脳が同一線上に並ぶ
そのイメージを男は思い浮かべた

自分と世界とが直線で繋がった気がした
そして親指を引き金にあてた
冷えた感触が男を支配した
目は見開いていたが、その目は鏡という概念を見ているようだった


視線を感じて周囲を見やると、犬が男を見ていた
男は引き金に掛けていた指を外し銃身と銃把を持った
床尾に触れていた石の割れ目がエロティックだと思った
犬と割れ目に交互に銃をむけた

もし殺人鬼が潜んでいたらと想像して
何もない繁みに銃をむけると
男は少し笑って変な表情になった
犬は繁みと男を交互に見ている






自由詩 静かな生活 Copyright udegeuneru 2008-05-01 02:13:05
notebook Home
この文書は以下の文書グループに登録されています。
タナトスの城