笑人(わらうど)
木屋 亞万

彼は笑っていた
唇が裂けるくらい口を開けて
顔全体から声を飛ばすように
笑っている
誰もいない砂浜
荒れる海に向かって
笑っていた


空が崩れ落ちる程に声を荒げながら
腹を抱え目を見開いて
砂浜を何度も踏み締めながら
彼は笑っていた
海は平然と海であった
滑稽でもなく無様でもなく
浜風が吹き砂浜が広がる
誠に平均的な海だった
そこで彼は笑っていた


舌でなく喉でなく
腹でもない彼は彼自身
彼の核とでもいうべき
生命の根源から笑っていた
何がそんなに可笑しいのか
あるいは何か悲しいのか
はたまた怒りか悔しさか
何が彼を笑わせるのか
何かを笑い飛ばしているのか
彼は笑っている


思えば彼の内面について
私は真に知る事ができない
たとえいかなる説明を受けようと
私の理解が想像を超える事はない
彼の内部は核を司る彼自身にのみ理解可能なのだ
彼は臆病な蟹の反射運動のように
突如砂の中へ姿を消してしまった
それでも彼は笑っていた
砂を震わせ空気を震わせ
私の体内の水を震わせ
海をも震わせながら
彼は笑っていた


笑い声が天から零れ
大地から響き渡り
耳から入り込み
体内から湧き出てきた
私はなぜか笑っている
よくわからないが口が開いて
深呼吸でもするように
私は笑っていた
私自身がなぜ笑っているのかわからなければ
きっと誰にもわからない
私は笑っている
体中の感情が花火を打ち上げるように弾けている
笑っていたい私

笑いすぎて涙が出て来た
視界が滲み海が霞む
後ろから誰かが見ているようだ
私は堪える事なく笑った
人は私を見て何を理由に笑っていると想像するのだろう
私を見ているだろう誰か教えてくれ
私はなぜ笑っている



自由詩 笑人(わらうど) Copyright 木屋 亞万 2008-04-30 00:06:16
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