「 あぶだくしょん。 」
PULL.
ことばを見つめているとそれだけで、わたしは誘拐されてしまう、こともある。誘拐は融解で、ことばの意味はどろりと解け出して、わたしの内に流れ込んでくる。眼といわず鼻といわずあらゆる穴という穴から、形を変え意味を変え、ことばはわたしに、やってくる。気が付けば喉元まで満たされ、わたしは隅々まで、誘拐されている。
誘拐されているとはいっても、からだの自由は保証され、内も外も、自由に身動きが取れるのだが、ことばの自由が、叶わない。喉元から込み上げてくることばの意味が解らず滑り落ち、形を、取れない、形を取らず口に出したことばはあいまいで、すぐに外のことばに侵蝕され、耳から帰ってくる、帰ってきたことばは乱雑に内耳をかき揺らし、揺らされてわたしはさらに、誘拐される内側から、解け出したわたしは打ち消されねばねばと揺さぶられるままに流れ、外に向かって溺れてゆく誘拐は、仮定の意味を要求しなおもねばねばと執拗に揺さぶり溺れながらわたしはそれでも泳ぎを覚えようとするのだがそもそも泳ぐということすら解らず意味も瞼の裏でことばを引いてみたもののやはり解らずかえって帰ってきたことばだけが増えてことばは重くのしわたしのからだは深く溺れるのものでわたしは眼を閉じて瞼の奥に綴じ籠もる。
こん。
こんこん。
誰か、わたしの外で瞼を打つものがある。
こんこん、こんこん。
それは執拗に、瞼を壊すように打ち付けてくる。だけどわたしの瞼の鍵は頑なで、打ち付けられるごとに硬くなる、硬くなるごとに打つ音はより響き、頑なに、響くごとにわたしの内はあるもので満たされて、溢れそうになる、こんこんこんこん気が付けば、瞼の鍵は錆び付いて、今にも壊れてしまいそうで口から先に、ことばが溢れ。
とん。
とんとん。
とんとん、とんとん。
瞼が壊れ眼が裂ける。
ことばがこんとんと流れ込んでくる。
了。