空蝉
白井陽介

午前二時ほどになると
私は解放を許され
意の赴くままに翔べるのです

見慣れた街の尾根をちぎり
おもむろに景色は擦られて
ノスタルジツクな小旅行
海の見える場所まで退屈しません

懐かしい
くたびれた白樺のベンチ
川に転がされてきた丸石の群
そこへ、遠い昔の蓋を開けやると
中身の寄った弁当箱のように
貴方との思い出と
虚ろな私の記憶がつつきあって―


―空蝉はまだ美しかった
とても傷みは隠しきれずとも


約束の刻を過ぎると
私の空蝉は侵され
意と顔を背けて朽ちるのです

脳内物質は私の権利を握り
時間の概念を切り離し
ノスタルジツクな小旅行
夜は夢を観るものだと思い出します

懐かしい
くたびれた白樺のベンチ
川が海へ吸い込まれていく場所で
いつか、一夜の過ちを果たせなかった
貴方との思い出と
虚ろな私の懺悔がさざめきあって―


―空蝉はやや罅割れて
仮宿を憎むように歪んだ


私は忘れてしまうかもしれない
実体が此処にある限りは

貴方を 私自身を 愛を 夜を
腐乱に追い求めれば或いは―


何千何万何億という膨大な情報量を検索しその結果得られる回答に穴があくまで視界を這いずらせても過去に葬られた記憶の想いの丈こそ今となっては風前の灯となりぢりぢりと小さな陽炎を生み出しているに過ぎず私はただその明りの届くところに空蝉を残し生きる季節を忘れただ声果てるまで喉が千切れるまで何かを思い哭き続けることだろうそれも死や病に侵されることなく永遠に永久に忘却されても


―その空蝉が風化しても、だ


自由詩 空蝉 Copyright 白井陽介 2008-04-27 01:00:22
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