疲れた羽根
伊那 果

 今ごろあなたは
 大都会のビルの合間を縫って
 薄汚れた地下鉄の階段を
 降りていくころだろうか
 新しいジャケットに身を包み
 ほおに少し疲れたしわを漂わせて

  一昨日 真昼のベッドで
  あなたの肌はねばっこい汗にまみれていた
  暗い鬱の穴に閉じこもりながら
  何度も何度も私の名前を呼んだ
  私の届かない世界から

 あなたの目の下に刻まれた
 幾筋もの優しいしわが
 また今日も一本増える
 
 なぜあなたは疲れていくのだろう
 
 全力で抱きしめても
   あなたの心はそのずっとずっと奥の迷路で
 そのたびにきしむ音が
 その小さな音が
 私の耳を突き刺す
 
 あなたのやわらかい心を
 まただれかが踏みつける
 大都会の街角であなたは
 精一杯の防御壁をたてて
 空港へと急ぐころだろう
 居眠りするサラリーマン
 無目的に音楽を聴く学生
 そのたびにため息をつき
 あなたのやわらかい心は
 ぐしゃりと萎えてしまう

 私の世界で羽根を下ろしても
 もうあなたは飛びたてない
 私の届かない世界で
 手探りで何を求めているのだろう


自由詩 疲れた羽根 Copyright 伊那 果 2008-04-17 14:08:33
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