精神科の待合室でのつまらない妄想。(千葉県民の会で朗読したやつ)
よだかいちぞう

ぼくの名前は秒針
チッチッチッチッと音を鳴らして
0秒から59秒まで
時間を知らせるのがぼくの存在

ぼくはある待合室の掛け時計の中にいた
ぼくのことを見詰めている
ひとりの女の子が居た
誰だってそうかもしれないが
ぼくはその子のことが好きになった

彼女が決まって火曜日の同じ時間に来るたびに
ぼくのことを必ず見た
ちらりっとみるときもあるし
ただずっとみているときもある
ぼくはそのたびにどきどきして
クォーツで動くぼくの秒針がすこし早く時を刻んでしまっているんじゃないか
そんないらない心配をするぐらいだった

そして彼女の名前もぼくは知っていた
彼女がぼくを見ているときに
彼女の名前が呼ばれると
彼女はぼくから目をそらして
違う部屋と行ってしまうからだ

ぼくは一週間が待ち遠しかった
たまに子供とにらめっこをしたりした
だけど必ずぼくが勝ってしまう
子供が必ずいつか目をそらすから

ぼくは退屈だった
長針と短針はあまりにも遅くてぼくはいらいらしていた
この掛け時計の中でぼくが生活するのはあまりにも不快なことだった

あるとき彼女がぼくをちらりではなく
ただずっと見詰めているときだった
ぼくは決心を決めた
えいっとやったのだ
ぼくは掛け時計から抜け出でて
彼女の膝の上に落ちた



秒針を持っている女の子がいた
彼女は手に秒針を握って
いつも離さなかった
彼女は秒針と会話ができると云っていた

ぼくが彼女に
その握ってる手の中に何が入ってるの?
と、質問すると
彼女は秒針が入ってるという
そうなんだじゃあ見せてよ
というと
「秒針がずっと握っててほしいというから
開くことはできないの」と言う
彼女はなにをするときも
右手をずっと握ったままだ
ぼくは思う彼女の握ってる手の中に
ほんとは秒針なんか入ってないんだろうって

いつか彼女は手のひらをひらいていた
ぼくが秒針はどうしたの?
と、聞くと
彼女は、わたしたち一緒になったのといっていた
どういうことって聞くと
わたしも秒針で秒針もわたしなの
おなじからだになったの
そういっていた
それからというもの
彼女は暇があると小声でチッチッチッチッと言うようになった

チッチッチッチッ
彼女は待合室で秒針と一緒になったと云っていた
けど、それはありえないことだった
精神科の待合室には秒針のある時計は置かないことになっているからだ
もともと待合室に置かれている掛け時計には
短針と長針だけで秒針なんか無かったのだ
だけど彼女は掛け時計を指差して云う
いま私はここにいるけど、もともとはあそこに居たの



ぼくは彼女と同化することができた
ぼくは彼女の体の中に入り込んだのだ
ぼくの存在は0秒から59秒を数えて
長針と短針を動かすことじゃなくなった
ぼくの存在はぼくの存在はぼくの存在は
チッチッチッチッと声を出して云うこと



ぼくは彼女のチッチッチッチッという声が好きだ


自由詩 精神科の待合室でのつまらない妄想。(千葉県民の会で朗読したやつ) Copyright よだかいちぞう 2003-05-21 19:04:53
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