無機質な夜
松本 卓也

隣部屋から漏れる電話の呼び鈴に
ふと現実に立ち返る瞬間を感じる
さっきまでホテルの窓から見えた
電光掲示板の宣伝文句を
眺めてばかりいただけだった

月が見えるほど暗くなく
星が瞬くほど明るくもなく
ただ夜が更けて時が過ぎ
足早な人々を眺めながら
ため息さえつくことを忘れていた

さっきまで自分が居た歩道を
自転車が通り過ぎているだけで
とても静かに機械的に
否応無く明日の準備を整える

自分の限度を超えた労働
食う為に仕方の無い義務
ただ日々を生きるだけの痩せた日々
反比例して肥えて行く身体
どこまで遠くに来てしまったのだろう

かつて僕の目がまだ生きていると告げた
彼らが今の僕を見たら何を言うだろう
少なくとも鏡に映る咥えタバコの男には
誰が為の欠片すら感じられず
誰に何かを望むことも無いまま

無機質に沈み行く灰色の夜は
僕に明後日の姿さえ見せてくれない
ただ意味の無い独り言を呟いては
埋もれ行く想いだけが虚しいと
自覚に捕らわれているのみで


自由詩 無機質な夜 Copyright 松本 卓也 2008-04-16 00:00:02
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