宇宙での出来事
エチカ


海浜で鯨類が集団で座礁するこの現象は世界各地で報告されており、ストランディングとも呼ばれる。日本の沿岸では2000年に219個体のクジラ・イルカ類の座礁が報告された。
座礁の原因は明確ではないが、
(1)餌の深追い、(2)シャチ等外敵に追われた、(3)船舶等の騒音や撹乱、
(4)個体数を調節するための集団自殺、(5)中耳腔の寄生虫による聴覚異常、
(6)浅瀬で自分の探知音が反射・吸収されて位置が把握できなくなる、
(7)磁場の等高線に沿って移動してきた結果浅瀬に入り込む等、諸説がある。
水産庁では、クジラ、イルカの座礁に遭遇した場合、生きているものは生かしたまま逃がすように指導している。
  


例えばの、つぶやき。

私はここにいないかのような錯覚を日々の生活の中で送っていて、確かめるために鯨の自殺を何度も何度もTVで夢で見ていたりする。鏡とか目の中とかを何回も覗き込んだり、スプーンを何度もひっくり返したり目に当ててみたりした。飲みかけのコーヒーカップの中だとか、そういった類のものなんかにまで。あらゆる粒子の中から 
それは砂粒に似ているんだけれどザラザラはしていない 

生まれて、私は私を見ている。夢じゃないんだと思って目を閉じて思って夢を見ている。見ている。
海岸ではもう何度も鯨たちが自殺をはじめてしまっていて、マニキュアを塗った爪みたいにジェルのキラキラした光がはじけてまぶしかった。
生まれていくのに死んでいくようなもの。何も知らないし映らないし知りたくもないし分からなくてもいい世界のことなんて。ましてや自分のことなんて。
鯨がつぶやいているような気がして恐かった。海岸に打ち上げられた何匹かの鯨と目が合って見透かされたような気がした。
「あんたここの住人じゃんか」って、いわれてる気がした。





宇宙にあるアカシックレコード所属のおじさんが操作室で大量のデータ処理を行っている。データ消去。ゴミ掃除。データジャック。断絶?
なんでもいいのだけれど、それはブラックホールへの回帰現象みたいな感じので、全部まっさらに、なかったことにしてしまうらしい。



地球には青い花が咲いている森がある。青い色の花畑がある。深海魚の胸鰭みたいにひらひらしている。風が吹くたびに森が胸鰭のように泳いで死んでいく。
ひらり ひらり ひらりり
ひら ひら  り
自然界では青い花は咲かない咲かない咲かないんだったら。なのにどんどん遠くの青い森が出来上がってくのはなんで?どんどんどんどん 溜まっていくから絶対に消えない
じんわりにじんで溶けないし、蒸発しないし、落ちてくわけでもないもんだから削除するんだって。手始めに鯨。



“くじら”  ぽい。

“くじら”  ぽい。

“くじら”  ぽい。



海岸に打ち上げられてしまった鯨の死体は目を見開いて私を見てた。
私を見てたのは鯨じゃなくて鯨の目の中の私でもあって、私は私を見てたことになる。
しばらくしたら、鯨は焼かれた。ただぼんやりと焼け落ちた。鯨のお肉はどんどん焼かれて消えていった。骨が白くて砂浜の中に消え入りそうだったから、小瓶の中に入れて持ち帰った。小瓶の中で骨はカラリ、と音をたてた。家に帰り着くまで何度もカラ、リと。
海から生まれたの私たちは。それとも猿の進化した生き物なの私たちは。あたし達のDNAだとかそういうの。どっからきたの。いわゆる“遺伝子のっとり”とかいうやつなの。結局。いるとしたら色んなものの中で存在してるわけ。存在?ちがう違う。寄生してるの。パラサイトパラノイア。青い薔薇の夢。



鯨のニュースは絶え間ない。翌日もアカシックレコードでおじさんがどんどん削除している。あるいはデータの整理。「哺乳類」のフォルダは、はちきれそうだった。
膨大すぎて蟻を潰すようにどんどん潰していく音がする。ぷちぷちぷちって。
鯨はどんどん焼かれていく。もうすぐこの星には一匹の鯨だっていなくなってしまう。愛護団体なんかが何を守ろうとしてるんだかよく知らないんだけど、どんどん削除されていく。

止まんない。


「まあさ、宇宙ではあたりまえに星が死んでいくんだ。だからたいしたことないよ。
今回は地球とかいうのでいいんじゃないか。青ってホラ、自然界には存在しない色なんだし、駆除してしまえばいいんじゃないか。哺乳類のフォルダ。手始めに鯨。
死滅の色だしね。あお。」


どんどん始まるシンクロニシティ。
哺乳類同士が呼んじゃってさ、シンクロしちゃって呼び合っちゃってるわけよ。今だ今だ今なんだっっていうインスピレーション。持っちゃって。TVつけたらやってたでしょ。殺人事件とか誘拐とか宗教団体の凶悪犯罪とかそういうの。鯨が死んで呼んでるんだ。どんどん死んでしまって呼んでいるんだ。こっちおいでよって。青い花畑。私は骨を持っていて、呼ばれるのを待っているんだ。青い星の削除命令。鯨の目が呼んでるんだ。私の中で私がずうっと呼んでいるんだ。
アカシックレコードでは「哺乳類」のフォルダはずいぶん減ったらしい。
ニュースでは鯨もずいぶん死んだらしい。
小瓶は今日も宇宙の片隅で鳴ってる。


カラ リ リリと音を立てて。



自由詩 宇宙での出来事 Copyright エチカ 2008-04-15 23:36:44
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