落しもの
伊那 果

 その昔
 はるか彼方で
 落としてしまったもの
 探しに出かけます
 
 もういいかい
 もういいよ
  
 細い声を頼りに

 さらさらとささやく木々の言葉
 滴るしずく
 失ったものはいつも
 優しい記憶になる

 霧に包まれた
 記憶の森の奥は
 いくら進んでも
 真っ白なまま

 もういいかい
 もういいよ

 近づいたような気がする

 でも遠くなるような気がする
 
 ぬかるんだ道は行き止まり
 灰色の沼が私を迎えた
 そうだ 美しかったはずのあの日々は
 そうだ 本当は

 
   雑踏の中で握り締めていたはずの
   あなたの手のぬくもりは
   気がついたら私をすり抜けて
   脂汗だけが
   ねっとりとまとわりついていた


 もういいんだ
 もういいんだよ
 
 拾いにいかなくたっていい
 落し物もあるのだから


自由詩 落しもの Copyright 伊那 果 2008-04-14 15:18:33
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