此の世の果てのバルコニー(Last Dance)
塔野夏子

僕の黒い革靴と
君の銀のパンプスとが
白黒市松模様のなめらかな床の上を
並んで踏んでゆく
とうとう此処まで来たんだね

誰も居ない 此の世の果てのバルコニー
数メートル先 白い手すりの向こうには
何も見えない
何も無いから

僕らはどうやって
此処にたどり着いたのだろう
振りむいてもその道はおぼろに霞んでいる
僕らは何故
此処に来ようと思ったのだろう
それも思いだせない
僕らは何処から来たのか……
いろんなことを忘れてしまった

それでいいんだ
此処は此の世の果てなのだから

ただ 僕のダークグレイのスーツ
君の菫色のドレス
それらは互いにお気に入りのもの
そんなことは何故かおぼえている
そして 互いの名前も

とうとう此処まで来たんだね
此処はさびしい
そのさびしさも
静かで それでいてすごく狂おしい
僕らは これを味わいたくて
此処に来たのかもしれないね
何処からも何処よりも遠い場所へ

踊ろうか 僕はそっと囁いた
君は小さくうなずいた

此処に来る前 僕らは何処かで
一緒に踊ったことはあったのかな
思いだせないのが
少しだけかなしいけれど

でもそれでいいんだ
此処は此の世の果てのバルコニーで
僕らは今 きっと誰が見ても息を呑むほど
優美に踊っている
静かで狂おしいさびしさの調べに乗って

踊ろう
いつまでも
踊ろう
時折そっと互いの名を囁き交わしながら

踊ろう
いつまでも
踊ろう
僕らだけが此処にいるそのことに
透きとおってしまいそうになりながら

きっと僕らだからこそ
たどり着いた此の場所で
踊ろう
いつまでも
踊ろう

踊ろう
いつまでも
踊ろう





自由詩 此の世の果てのバルコニー(Last Dance) Copyright 塔野夏子 2008-04-13 11:18:08
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