砂浜
阿川守基

波はゆれる境界
なかば砂に埋もれた
頭蓋骨の眼窩から
蟹が一匹入っていく

風は不確かな時間
すり硝子のように
薄くなった骨を透かして
蟹は太陽の輪郭を見る

そこは廃れた教会であって
失われた思念のように風が渦巻いている
世界に働きかけることはむろんできないが
頭蓋骨とはいえ世界であることを
やめたわけではない

貝殻や流木や空き缶と
影を失ったまま正午の沈黙に照らされている
ということでは同じだが

またわずかずつ崩れ去っていく
輪郭のうちがわに存在をけなげに守っている
ということでも同じだが

しかしかつては宇宙や世界もこのなかに
あったはずの頭蓋骨であるからたとえ

波と風は
(動いてやまないものは)
つねに物質を笑うとしても

傲然と濡らせているのだ
超然と吹かせているのだ

蟹よ
この砂浜で唯一の生き物よ
あの国道を一台の自動車も来ないというのは
わかりきったことなのだ

国道は永久に封鎖された
朝と夜の境界で
死と生の境界で
だからここではずっと真昼が続くのだ

その時

波が頭蓋骨をのみこんだ
波がひくと砕けた頭蓋骨から
蟹が這い出た
風がレジ袋を吹き上げた
それは高く揚がった

砕けた頭蓋骨も流木も空き缶も
みるみる小さくなった
海は膨らみ水平線は遠ざかった
かさかさ音をたてて揚がっていった
遠くの、白く乾ききった住宅街を
自転車がひとつ光りながら走っていった


自由詩 砂浜 Copyright 阿川守基 2008-04-12 01:50:55
notebook Home 戻る  過去 未来