青い花
ダーザイン

口の中に微かに鉄の味がある
コートの袖口が擦り切れている
錆びたドラム缶からはいだして
月下の廃工場を後にする
奏者を失って久しい機械が
ほの青く光る一群の風琴になっていた

鳥が飛び立ってから
ずいぶんと時がたったのだ
片道4車線の巨大な環状線は凍てついて
光るアスファルトに信号灯が明滅している
世界の中心である無人大交差点で
狂人であるわたしは叫ぶ
すると巨大な沈黙が頭上に降りてくる

遠い地響きと共に雨がとおる
遺棄された高層ビル群が
ひとつまたひとつとストップモーションで崩壊し
ガラスの雨が虹色の月光輪の中で光る

都市はひそかに形而上学派の円形図形を
模擬構成しており
からっぽの曼荼羅の中心に立てば
高架は身をよじってのびあがり
星々の彼方へと続いているのだ

冷たい夜風に乗って
空の道をひとり頂へとたどれば
夕べの群雲はすでに色を失い
街灯の明るみの中に 再び
ピンクのワンピースの少女が現れる
彼女はただ微笑んで眺めている
ただ微笑んで眺めている
世の終わりの果てにはなにがあるのか

ワンピースのすそをそっと風がなでて行く
藁色の髪毛がやわらかくそよぎ
わたしは彼女を抱きたいという強い衝動にかられる
断線した電線が歩道を打ち
わたしたちの足元を世界から浮き立たせた

丘の下にひろがる廃都は
ふいごをあてた燠火のようにほの暗く明るんで
灰の灰
塵の塵
少女の口がかすかに開き
Aのかたちに開く
基準音A:四百四十ヘルツで
またひとつビルが倒壊する
どのような秩序のための調律なのだ

一瞬少女はふりかえり
わたしの目をまじまじと見つめた
彼女の髪にさしのべた手は空をつかみ
ちりりと音を立ててホログラムは消える
ゲームの規則だ
水路にこだまする声

残像は消える
消える
消える

幾層もの気圏を立ち上り
幾層もの気圏を結晶させて
ふりかえる窓辺にはひとつの灯火もなく
廃都はどんどん小さくなっていくのだった

まだ空が青かったころ
風使いたちのグライダーが
積雲に彫刻していった識域下のメッセージ
巨大な少女の横顔をして
白々と結晶していたのだが

空の巨人たちはきりきりと舞い落ちて
音もなく
音の痕跡もなく
送電線をつたわって
うねりのびる高架の上をどこまでも漂えば
金色の波が打ち寄せるところ
夜明けの岸辺にオリオンが映っている

どこか遠いところさ
思いおよばぬ遠いところさ

えいえんに
ひらくことのない青い花が咲いている
そんなうわさを
まだ信じていたのだった

そっと水たまりをふんだ
青ざめた月がゆれた


自由詩 青い花 Copyright ダーザイン 2008-04-11 12:58:38
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