霧に恋した
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ふいに年経た恋が訪れたんだ真夜中に
小川をはさんで納屋の二階の窓際に立つって
その白い歯に魅せられたんだろうね
きみが思い出せる恋ってやつは
蓮華みたいに咲いて実を結ぶ
きっと誰だってそうさ
逆光の山を背にした
おさなかった頃は今よりずっと簡単だった
おやすみの
愛の詩で

ずっと想いを隔てていたものが今朝は
山のかなた海のむこう国境のはるかなんで
きみを遠ざければ遠ざけるほど愛は
太陽に落ちていって跡形もないんだ
それが壁越しの愛ならまだましで
あっけないほどの絶望さ
雨音はまるで夜想曲で
澄ませた耳をいつまでも打つ
おはようは
咎の詩さ


 *


今日は俺も元気だし
だからきみも元気だ
詩のことを喋るのはもうやめよう

それで済むならことは簡単だけど
ふたりきりの世界ですら
きみは自分も綺麗に見ようとするんだね

硝子越しの熱帯魚の求愛みたいに
居会えるなんて憧憬よりも
信じることができたって

今もどこかで誰かが誰かを
平気で裏切った
約束なんて
あってない

そんなもんさ
だからある日突然俺の世界が
消えてなくなっていたとしても

平気なきみはあばらを削った銘品のナイフで
またりんごを齧るだろう
てのひらに残った芯を大切に埋めて
明日に似た希望がやってくるのを待つのさ
いつ届くのか分からない
ポストに葉書を待っているんだ

それでも飽きない
飽きたらそれは愛と呼べないし
半神のホルンに誘われたふりして
あざみ色した景色の中を行ったしね

つまりきみはどのあたりを歩いてるの今
春の星の下をとぼとぼと
霧に恋した
歌をうたって

曲がり角で悩むのは悪くないよな
交差点より三叉路が好きって言ったのも
今の俺ならよく分かる
少しは賢くなったかな
どれだけ好きかってたとえば螺旋階段よりずっとさ
駄菓子屋の前がそうだったからかも

それと空につばめがやってきた
今年も西風にのって名残りなく海越えて
去年もおととしもそうしてくわえた枝いっぽん
口元のひげと光のフェイントと雨つぶと
見上げる幼児の笑顔と


 *


飽きないことももういいな
なんの為に書いているのかなんて知りたくないし
知られたくない
分からないことが好きだから
生まれ変わるなら菜の花と決めてるんだ
ことばの数だけ願いを込めたなんて思われたくもない
ことばをつづるのは俺じゃなくてどこかの誰かで
本当の俺はピエロの手に鳴る太鼓さ
それともあやつり人形か

この部屋を見てごらん
生きものよりダイナミックだろ
海中の四季より激しく形をかえて
ヒマラヤより輝かしく聳えマリアナより謎深く穿つ
ことばを発して俺をどこか遠くへ誘う

押し入れの奥で見つけられる時を待っているねずみの骸
花壇の下で色白い節を伸ばしはじめた団子虫のこども
最後にこの胸に乗って眠ったのは
黒猫さ

内緒話が好きなのは
いつまでも大切にしていたいことが
遂には思い出せなくなってしまうからよ
それが一時わたしの詩をつくる
そんな歌を聴いたのはいつだっけ
いくつになっても
一番大切なものは決められない


 *


くずかごいっぱいになったからビニールに移して
ゴミは真夜中までに出さなくちゃなんない
シャッターが落ちないカメラ
小さくなったグローブ
鳴らないシンバル
言い訳めいた純粋さ
いらないものははっきりと
いらないそう言えるから
きっと大切なんだろうな
大切にしたいものは
他にたくさんあるのに

目の前にあるのに
きみに見せたい紅い花が
いつまでたっても上手く綴れない
いつまでもわらって
なきながらゆるして
それならいっそ眠ったまま起きて
起きたまま死んで
生まれる前に
綴っていたことば
それをもう一度思い出せるなら
いいな

俺を俺として

きみをきみとして







自由詩 霧に恋した Copyright soft_machine 2008-04-10 03:53:03
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