春の日、膿んだ傷みの反芻
ホロウ・シカエルボク











どこへ行くこともなくその空で遊んでいたきみ、クリーム色の雲がまだ少し寒い季節を足早に過ぎていく、そんなエターニティ
綴った手紙の文句は何度もリテイクされた挙句続きを書かれること無く
アドレスを押すたびに会えるような気がしていたのは純粋無垢の証だったのか
プラトニックを笑えばシニカルだなんて、かっこいいけど誤った認識を抱きしめたままいつの間に大人になったのだろう
口ずさめる歌はすべて一昔前のメロディ、ラブソングはところどころ君の名前で記憶していた、あの日の公園、あの日の約束、匿名性の中にありありとある景色
春は足早に思い出をさらうように強く吹きつけて、咲いたばかりの淡い花弁は覚えられたとたんに忘れられる
いつもは留まらない記憶ほど、こころには果てしなく響くのかもしれない
雨が多すぎたあの年には、甘い香りが余り無かった、今にして思えばそれがすべてだったのかもしれない、苦しみや悲しみが
よく出来た絵画のように思い出されてしまう今となっては、もう
もう余り水を吹き上げなくなった中央公園のベンチに腰を下ろして
バターロールのような雲が飛行船のようにしとやかに移動するさまを見ていた、ハロー、聞こえますか
こちらは少し埃がひどいです
通信は誰かと繋がるためのもの、いったいこれまでに幾度、オフのままの通話口に呼びかけてきただろう、返事をすでに怖れてしまっていたのだ、そこから何かが返ってくることを
それが装いであれ正直であれこの上なく怖ろしいものに違いなかった
強い想いの中に本物の恐怖がある、飲み込んだ空気に少し砂が混じるみたいに、強い想いの中にある本物の恐怖
青信号のメロディが聞こえる、僕はそこに向かって歩いたりはしない
行く先を忘れたみたいにずっと腰をおろしている、頭の中には確かに当面こなさなくてはならないことがあったはずだけれどそんなことはもうどうでもよくなって
そんなことはもうどうでもよくなって空を見上げたり汚れた靴の先を眺めたり
深呼吸を繰り返した挙句肺の空気を一瞬すべて失って、「どうか」という言葉の正しい響きを知った、それは足元に都合よく落ちているパンくずを探す鳩たちに話したところで到底伝わるはずも無く
と言って他に口を開くための口実はそこいらには見当たらなかった
口実を探し続けることで僕らは饒舌になっていく、意味を考えるまでもなく吐いた言葉をついばんでいくのはすでに死んだ詩人たちの列だ「こんなに」「こんなところにまで」「こんなことまで」彼らのさえずりはそんな風に聞こえる
ごめんなさい、でも許してくれとは言いません、時代は常に変化しているのです、さまざまな形態が選択出来るこの時代に遺産ばかりに目を向けているわけにはいかないのです、なんて
気をそらせてみようと下らないごたくを並べてみたけれどもちろん何も変わるはずは無く、とたんにどんどん冷えていく胸のうちと、突然爪が伸び始めた誰かをなぞるためだった両手、さらすことを躊躇った傷がもうかゆくてかゆくて
叫ぶことが出来ない叫びというものを歌うためにどんなスペルを用意しようか、そんなものを得るためには
水が出なくなった噴水の吹き上げ口を探すべきなのかもしれない、僕は人工的なたまりの中に足を突っ込んで
裾を濡らしながらジャブジャブと歩いた、近くに腰を下ろしていた老婆がねえ、あなた、と声をかけた
もちろん僕は答えたりしなかった
噴出し口に片目を近づける、ちょうど顕微鏡を覗くときみたいに繊細な注意を払って
なにかが、映る
映ろうとしたそのとき、警官が僕の腕をつかみ、噴水の外に引きずり出した「こんなところでなにをやってるんだ、ここに入ってはいけない、さあこっちへ来なさい」僕はぼんやりと彼の顔を見つめてみた、僕と同い年かあるいは少し上くらいの屈強な警官「なぜそんなことをする?」僕はぽかんとした表情を作って首を傾げてみた、もちろん彼が何を言っているのかは重々理解してはいたけれど
警官はもう少し何かを言いたそうにしていたけれど面倒になったらしく僕を噴水から遠ざけて去っていった「何をやっているかは全部判っていたさ」僕は演劇的にそうつぶやいた「そうだね」背後で声がした、僕が噴水に足を踏み入れたときに静止しようとした老婆だった
「パンでもお食べなさい、おにいさん」彼女はそう言いながら小さなビニール袋からあんぱんをひとつ取り出して僕に渡した「あたしは少し買いすぎちゃったから」そう言ってそそくさと去っていった
彼女が去った後僕はあんぱんを見つめながら
もう少ししたら暑い季節がくるのだなと






ふと、胸を傷めたのだ















自由詩 春の日、膿んだ傷みの反芻 Copyright ホロウ・シカエルボク 2008-04-09 22:14:48
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