告知の夜
服部 剛
遠い空の下
母親の姉は幼い娘と手をつなぎ
初めて小学校の門に入った日
職場で交わした
十年目の契約で
ようやく正職員になった日
朗報を伝えようと
玄関を開いた家は
何故かがらんとして
絨毯には
蜘蛛の死骸が潰れ
箪笥の上の
版画の葉書を入れた小さい額に
無数の仏は瞳を閉じて坐り
食卓の上に
母の書置き
「 おばちゃんの
具合が悪いので
病院に行きます 」
*
翌日教習所で
仮免試験に合格して
朗報を伝えようと
玄関を開いた廊下に
びっこを引いた祖母が
屈託のない笑顔でふり向いた
食堂に入りドアを閉めた
傘灯りの下
神妙な顔で座る
父は瞳を潤ませ
ポットからきゅうすに
お湯を入れる
母は眉を顰め
息子は自分の席に
腰を下ろす
「 賭けの手術をするか・・・
それとも余命半年か・・・ 」
父は少し声を震わせ
息子に現実を告げる
「 今まで言ったこともないのに
ありがとう・・・って
言ったのよ・・・ 」
きゅうすから
三人並べた湯飲みに
茶を入れながら
母が言う
この夜を境に
家族は
過ぎ越しの日々
に入った
「 ひとまず一週間、考えよう・・・ 」
席を立った父は
部屋を出る
厨房に立つ母は
湯飲みを洗う
息子は腰かけたまま
頬杖をついて
今迄思いもしなかったことを呟く
( 一目でも嫁になるひとをみせてやりたい )
廊下越しの
祖母の部屋から
千葉の娘と電話で話す
いつもと変わらない
笑い声が聞こえる