Emの視界
ムラコシゴウ
Emは後ろに座り込んで、新しく買ってきた消しゴムの角を使おうか使うまいか
と
ためらっている。
Emは久しぶりに街に出て、輪郭のぼやけた春の生温い空気に少しだけ辟易する。
エッジの効いた冬が懐かしい
というEmの見解は、
どうやら一般にはあまり受け入れられないらしい。
子どもがペットボトルを放さない。
母親はベビーカーを転がし、遠回りするのが都市の構造だ。
Emは子どもをあやそうとするが、
子どもは鼻の頭に埃をつけたまま、Emの情念を貫いている。
ヴァニティ・フェアー。
Emを求める人は、いない。
緩い風に吹き上げられて、
Emは向こう岸の上空を漂っている。
ここから先は行き止まりだ。
街の小賢しげな笑いを、Emは片隅に追いやる。
何か話をしよう。とEm。
どうせ自分は眠たげな磁場に包まれたまま、緩やかな死に向かって、坂の上から坂の下へと、
答えの出ない時間
を転がり落ちてゆくのだから。
ネームプレート(¥105)の氏名欄は、空白と等価値だ。
と
Emのたまいき。
Emの ためいき。
Emは二千円札を手に入れた。
ミレニアムのプレミアム。
千年生き続けた源氏物語が、
十年も経たずに死を迎えようとしている。
地域振興券。
地位、鬼神、貢献。
Emはひとりでほくそ笑む。
Emはオレンジの電車に乗って終点まで眠り続ける。
タクシー代は八千円。
見限られた子どもたちを、Emは迎え入れる。
王女様は護衛の者を巻いて逃げ出した。
ビートニクス。
昼下がりの倦怠。
それでも街は相変わらずうずき続けて、
Emはいつも喉が渇いている。
オレンジの電車がまた遅れている。色調の調整が必要なEmの視界。
サクラの花びらに巻き込まれて、Emは昼間から酔い始める。
希望だか絶望だか区別できない諸事情。
三すくみの選択肢。
三方向のジレンマ。
ハッピー・マンデー。
Emは幸せな人の数を数えようとするが、
それは幸せの残り時間のカウントダウンであることも知っている。
独りになると、Emは最近恐怖する。
人混みでEmを見つけられる者は、いない。
Emが僕の身体に染みこんでくる。
輪郭のはっきりしない春の空気。
Emと僕の境界線も融解してゆく。
Emが後ろにいることに気づいていない奴らは
自分の行為を常に
正しい
と評価する。
Emを求める人は、いない。
僕はEmを求めたい。
フー・キルド・クック・ロビン。
僕はEmを抱きしめたい。
Emに抱きしめられたい。