桜の町
緋月 衣瑠香
淡い色のアスファルト
履き慣れないローファーがなく
緩やかにのびる桜のトンネル
出口は海へと繋がる
祖母は言っていた
この町は桜が多い、と
まるで桜の中に町があるようだ、と
寝ぼける朝の空気に
桜が薫る
桜の香りは涙の香り
一体 誰が涙しているの
誰かの桜を送り届けるかのように
隣町へと電車は走る
海より手前を電車は走る
時折吹く風が
桜と共に色付く空気を
あちらへ こちらへ
送り出す
いつかそれが
海風となり
春の海を静かに揺らす
海は 桜は 町は
なく
それに呼応し
人も 電車も ローファーも
なく
誰かの桜が
春の海を静かに揺らす
祖母は言っていた
この町は桜が多い、と
まるで桜の中に町があるようだ、と