白い文字
服部 剛
アメリカの歌手もう何年も前のこと
ある夜のブラウン管の中
孤高のステージで
赤毛を振り乱して歌うジャニス*1
夭折した彼女の生涯を
ナレーターが語り終えると
闇の画面に
白い文字の一行が浮かび上がった
「 愛は、生きているうちに 」
5日間の峠を登り下った週末の夜
くたびれた鞄を降ろす独り身のカフェ
ガラス窓の外に目をやると
遠くにはほの蒼い光でぽつんと立つ
電話ボックス
いつか
震える手で入れ損ねた100円玉が
狭い空間に落下した 音の響き
求めてはへし折れた想いの残骸が
粉々にこぼれたまま歩道に今も瞬いている
受話器越しに
温もっていた誰かの声は
過去へ葬る
ミルクの渦巻くココアを飲みながら
昨日立ち寄った本屋の棚で
無造作な手に吸いついてきた文芸誌を開くと
物語の中
戦地に赴く若者は
恋人に宛てた手紙の便箋に
一行、自らの墓標を立てていた
遠い記憶のブラウン管
闇の画面に浮かび上がる
白い文字の一行
「 」
( こん )
空のティーカップをテーブルの上に置く
窓の外に ゆっくりと 月はふくらみ
ポケットに入れた携帯電話の画面に
君の笑った顔文字が滲むのを
待っている
*1 アメリカの歌手