紫桜前線
蒸発王

何十年か一度
季節が歪むと
東西の桜前線が逆転し
北から桜が咲きます

これを
紫桜前線と呼ぶのです



『紫桜前線』しざくらぜんせん

そんな記述を
小学校の卒業文集に見つけた
書き手は
当時同じクラスの
同い年の従姉妹だった

植物好きの彼女は
自分も植物の名前が欲しかった、と
よく僕の名前を羨ましがっては
学校帰りにしげる
桜並木の一本一本に名前をつけるような
ちょっと変わった子だった

中学へ入学する前に
東北へ引っ越して行った彼女とは
それっきりで

社会人になる目前

こんなことが無ければ
彼女の残した卒業文集を見つけることも無かっただろう


こんな

こと



訃報が届いたのは
桜が満開になる直前だった

就職活動で着慣れたリクルートスーツは
ネクタイの色を変えるだけで
信じられないくらい息苦しくなった
何年かぶりにあった叔母さんは
ものすごく年をとったようで

まだ学生なのに

そんな言葉が
塩辛い吐息とともに
会場中にあふれかえっていた

夜が更けて
一階の居間では宴会が開かれたが
下戸だったから
僕は二階へ待避していた
その廊下に
ひとまとめにされた
彼女の遺品と
いつしかの卒業文集があった

自分も含め
書いてあることの大半は
的を得ていない


《わたしの夢》
何十年か一度
季節が歪むと
東西の桜前線が逆転し
北から桜が咲きます

これを
紫桜前線と呼ぶのです



私 の ゆ め は ・ ・ ・ ・ 



ガタンガタン
と窓に強い風が打ち付けられて

窓の外を見ると
夜の闇にまぎれて桜の花びらが舞っている
其の
ひとひら が


紫色に染まって見えた


階段を駆け下りて
表に出る
見ず知らずの土地だ
どこに桜があるかなんてわからない
ただ一つ

道筋をしめすように花びらが
舞って

いつのまにか河川敷に出ていた

やっぱりまだ3月だ
北の空気は冷たく
少しかいた汗が肌寒い
その
一面を桜の並木が覆う

月もない
暗い道で
昼間の光を吸い取ったかのように
ぼんやりと夜桜が光って
並木の向こうから一本の光の線が
こちらに押し寄せるのを見た
線を超えると
薄紅の桜の花びらが
薄紫に変わる

―紫桜前線―

強い

降るような花びらが
ゆっくりと
紫に変わって

手のひらに
しっかりとした
ぬくもりを感じた

わたしの ゆめは―――





 ざ
  ざざ
ざ ざ ざ
 ざ ざ ざ
  ざ ざざざ
    ざ
     ざ ざあああああ

かすめ取ったような
言葉が
春の風に盗られて
一瞬の邂逅

僕は一人で
桜並木を見上げていた


わたしのゆめは
    紫桜前線を好きな人と見ることです



なんて

今更


僕の初恋は
彼女だったのだと


その片割れを

亡くしたのだと



初めて知った

僕の鼻先を
慰めるように
花びらが散り乱れるから
泣いているのが
桜か僕か

解らなくなってしまった




『紫桜前線』


自由詩 紫桜前線 Copyright 蒸発王 2008-03-30 13:52:57
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