海辺の町にて
西日 茜

シャチのショーを見ました。ショーが始まる前、久しぶりに会ったオスカーが水槽のヘリに寄って来て、私の顔をまじまじと見ています。「おまえ、もう海に帰りたいのね?」と話しかけてみたら、オスカーが頷いたように見えました。

ショーが始まりました。オスカーは大きな尾びれをおもい切り叩きつけたので、一番前にいた老婦人にドッヒャリと水がかかりました。老婦人はびっくりして椅子から転げ落ちそうになりました。ショーを見ていたほとんどの人が笑いました。老婦人の様子が滑稽だったからです。
老婦人は立ち上がり、うしろを振り向いて皆を睨みました。もうほとんどの人がシャチを見ないで老婦人を見ていました。私も可笑しくてクスクス笑ってしまいました。そのとき、老婦人の隣にいたお嫁さんらしき人(想像です)が自分も立っておもむろに腰に手を当て、持っていた缶ジュースをグッと飲み干しました。おそらく生臭い味がしたと思います。
そして老婦人とお嫁さんは落ち着いて椅子に座りました。横にいた子ども達はそれぞれウィンドブレーカーで頭もすっぽり覆っていましたので何食わぬ顔でシャチを見ていました。

ところでオスカーですが、やっぱり今日はちょっとご機嫌ナナメみたいです。飼育係の命令を聞きません。飼育係とのコミュニケーションが上手く行かないと相手は危険動物ですから何が起こるかわかりませんのでショーは中断です。

私はオスカーを刺激してしまったようです。彼の気持ちを察して悲しくなりました。オスカーはアイスランドで群から捕獲されて日本に来ました。ビョークのファンだそうです。もうアイスランドの海に帰してくれと懇願しても誰も分かってくれないそうです。こうなったら強硬手段で柵を飛び越えてやるぞと言っていました。シャチが逃亡したというニュースが飛び込んでくるのも時間の問題かもしれませんね。


散文(批評随筆小説等) 海辺の町にて Copyright 西日 茜 2008-03-29 15:45:00
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