フランス人形
soft_machine

春の雨に隠された怖れを彼女は見ている
幾つものしずくに映る逆さまの世界を
彼女は見ている

からだの動かし方は知らない
時代がかった衣装の代えもない
おひな祭りというものが過ぎて
誰かさんに連れられ
誰かさんの国に来たのかと思う
今は昏いアトリエの
赤い椅子に座らされ
彼女にできた友達は
白い目をした石膏像
きらびやかな花器に枯れてゆく薔薇
西方由来の絹
幾何形体

彼女に触れる人の手を彼女の肌は感じない
彼女に話しかける人の声を彼女の耳は聞かない
語る心のありかを目を閉じ思えば
私達の記憶に残るものは
まばたきのない瞳で見ている
衆人環視のように描く人間達を
教室を窓越しに伺う
ホームレスを
打ち続ける雨を
彼女は見ている
どこか遠くの惑星を
彼女は見ている

記憶のはじまりは
くちびるの色を塗られた時の喜びか
瞳をはめこまれた瞬間の
言い様のないかなしみか
まばたきというものを知らぬまま
にぎやかな街の乾いた音に包まれているうちに
いつしか自分はほんとうに
フランス人形じゃないかと思う
けれどひとりで組み変えせない
くつ下でかくされた足の裏には
メードインジャパンと刻まれ
おとこの子だけに限らず
偽ることだって出来た仕打ちにも何度か遭った
黒髪を染めて自分のように似せる大人も知った
青い目の人のことばは分からない
なみだというものもまだ知らない

彼女は彼女を抱き上げ微笑む老女の唇と指を見ている
自分には刻まれることのない時と感情を見ている
歪んだ窓と鏡の間に繰り映る光が少しづつ
確かに失われてゆく夕暮れの中にある
それでも自分はほんとうは
フランス人形じゃないかと思う
人影をなくした床をゆく影
どこまでも遠く限りなく
雨が降りやんでひろがる
空を見ている









自由詩 フランス人形 Copyright soft_machine 2008-03-29 15:24:57
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