春のクロール
佐野権太

春、という実感もないまま
海を泳ぐ
わずかに持ちあがった
二の腕から滴る光に
戸惑う
掻き寄せるものは
どれも曖昧な痛みばかりで

だいじょうぶ、と
支える声は
生え変わったばかりの
大人のひれで
うまく息継ぎのできない
わたしは
指先から入水する

朧な水面に浮かぶ
木蓮の白い香りに埋もれて
このまま
息をひきとりたい

知っていそうで
知らない人たちの葬列が
輪郭だけの列車に
音もなく乗り込み
運ばれてゆく
どこか
知らない場所へ

レースのカーテンが泳ぐ
しかくい風景の窓辺には
少し引き伸ばした
白黒の写真を飾って
じょうずに笑えた
あの頃の







自由詩 春のクロール Copyright 佐野権太 2008-03-26 09:34:31
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