最終兵器核家族
人間

旋盤工の父は
若い頃に失くした左手薬指の
近位指節間関節から先を西日に透かし
今にも落っこちそうな細い指輪が後光のような部分日食に変わり
そこから風上の藪のように散るキリコに似た物陰に埋もれました

准看護師の母は
ヤカンに沸くドクダミ茶の香りに寄り掛かり
棒になって冷えきった足を重ねつつ
皺くちゃの重いまぶたを支え
自らの呼吸に聞き入いるような格好のまま燻製された肉塊になりました

物陰の腐葉土と香り立つ肉塊との間に架けられた思い出の
ささやかな結び目に私は生まれ
その内角の足りない三角形をカルキ臭い生活水に浸すと
熱を出し 泡を吹き 朧な家族となっていきました

父と母と私だけの秘密だったのですが
そろそろ潮時だと思うので
皆様に告白します

有事の際には
私たちは身も心も見たことも聞いたことも無い形に裂け
国家の防衛兵器として役立つそうです
詳しくは聞かされていませんが
敵は人間か 蠍か蛇か はたまた未知の生き物か
訳の分からないものを相手にする時は
私たちが訳の分からないものにならなければいけません

無事の際には
役立たずの私たち家族は
生きている意味がありません
その間だけ安心です
生きている価値がありません
その間だけ安全です

風下に群生するドクダミソウの藪で隠れて横倒しになっている皆既日食を呑み込む蛇の
体中のネジ穴からヨードチンキが満ち溢れると 旭光は溺れ 大気は萎え
思い出は同じ土に還り 母は熱を出し 父は泡を吹き
私は物貰いで藪睨みの日の目から目を背け
泣きっ面を切り落とされた燻製の肉塊を背負って
細々とした生活水の這うブリネル圧痕を辿り
その間だけ皆様は安心で安全です

有事の際を湯呑の底に映し見ながら
役立たずの私たち家族は
今も潮時の物陰で生きています
訳の分からない無事が続く限り



自由詩 最終兵器核家族 Copyright 人間 2008-03-24 04:23:23
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