寂ビル
木屋 亞万
唇を湿らせて
湿らせるからまた
乾いていく
いつかひび割れて
また舐められる
口の上に鼻があるのは
どうしてなのか
口で味わうときに
鼻も恩恵を受けるためか
初めての口紅は
油を塗られたみたいで
鼻先からは大人の
香りがした気がした
白いカッターシャツに
べっとりとキスマークを
付けてみたくてなって
左肩に顔を埋めてみた
シャツが温かくて
君が温かいという事に
気付いた頃には不恰好な
唇が滲んでいた
黄色のボディのカッター
ナイフをカチカチ出して
錆びた部分をへし折った
刃を拾う中指が切れて
錆の粒を紅く濡らした
君がシャツを脱ぐ頃には
茶色になっているだろう
錆びたビルが立ち並ぶ街
重なり合う建物の影
隙間を走り行く黄色い光
細くて長くてどうやら
電車らしかった点線
紅い夕日が遠く滲んで
夜になれば影より闇
多くの影を乗せたまま
急行は闇をも走り抜ける
空には月が尖った口先で
口笛を吹きながら
錆びた建物をへし折る
月の唇が乾いたのか
夜中には雨が降った
全てのビルを濡らす
裸のクチビルが叫んだ
何もかも錆びてしまえと
影はそれを黙って聞いて
じっと見つめていた
サビタクチビルガ
カタカタナッテル
ツキナミナウタヲ
ウタオウトスルモ
アメカゼガツヨク
クチビルハカワク
途切れ途切れに
月の口笛が響く
雨風の強い夜に
君は私を脱いだ
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象徴は雨