スワンソング
悠詩
誰にも聞こえない唄が毀れている
ジグザグの音を縫い合わせている
縫い目から滴ったひとしずくのアトリエから
誰にも聞こえない唄が毀れている
この唄は奏でると蒸発します
というライナーノートに細工した罠
大きくひらいたその口に
レコード針が極座標の
サイクロイドを描いています
これはわたしが胎児だった頃の唄
まだ世間をおもねった感動はなく
唄の本能にまみれ
空虚な飾りだらけ
飾りってなんですか
生殖器の呼びかける欲望ですか
それとも
最大公約数の優越感ですか
どちらも同じことです
ただ一オクターヴ違うだけで
見た目は等しいのです
等しいってなんですか
X・イコール・3ということですか
セックス・イコール・3ということですか
あなたがそういうから
わたしにはもうその3が
セックスにしか見えない
3にセックスを代入したら
練習曲第3番は
生殖器の呼びかける欲望に潤びて
あまねし練習曲の意味が溶けてしまった
それが騙し絵の面白さというのなら
Yが4より小さいことを
Y小なり4だなんて
矮小な利子だなんて
そんな騙し音は
バイオリンの音が
ピアノの音になり
サイレンの音になり
大学ノートになり
スケープゴートになり
祭り上げられた生贄の死の前に
生まれる前の絶無は
見捨てられ
嘘となるのです
嘘をあけるとそこからたくさんの嘘が溢れ出し
それらが世界に散らばったあとに
たったひとつの真実が残されていた
というオナニー
こんなおとぎ話はお気に召しませんか
ならば集団墓地へとお進みください
この唄に価値はありません
聞こえない唄に価値なんて
価値ってなんですか
ないものねだりですか
あなたはすでに充分な嘘をお持ちです
真実をあけるとそこからたくさんの真実が溢れ出し
それらが世界に散らばったあとに
たったひとつ残されていた嘘は
純正率音叉のメトロノームを
交響曲に見せかけている
嘘ってなんですか
ユークリッド幾何学ですか
ニュートン物理学ですか
ゴールドバッハ予想ですか
定義ですか
証明ですか
波動ですか
虚数ですか
言葉です
言葉です
言葉は一度も真実を話したことがないのです
牢獄に入れると
あなたの口から出てきます
日陰で乾燥させると
ペンの先から生えてきます
目を瞑っても言葉
耳を塞いでも言葉
口を調律しても言葉
やかましい
やかましい
やかましい
やかましい
のなかに
たったひとつの沈黙が「 」ており
その「 」こそが
唄を「 」とうとするわたしの
カラッポのアトリエなのです
わたしはここにいません
あなたはここにいません
ただ「 」の唄が
しとやかに存在していないだけなのです
「 」たれた唄に覆われた嘘は
裏切りを許さないのです
わたしのために唄った唄は
世間の片隅に傾けられ
あなたはまやかされているだけなのです
あなたのために聞こえた唄は
世界の中心に寄せ集められ
わたしはまやかされているだけなのです
イコールで結ばれない定義が
世間と世界をつなげているのです
美しい嘘と嘘とをつなぎ合わせ
沈黙に漂わせる
絶無を伝えようと
唄は永遠に嘘を連ねていくのです
あなたはただ
それを聴かなかったことにして
振り向いてくれればいいのです
(「大朗読」二次会にて)