「 犬雨。 」
PULL.







 窓の外がうるさいのでカーテンを開けると、案の定、犬が降っているのだった。雨粒たちはみな、犬の姿をしていて、降り落ち、地面に当たると、きゃいんきゃいんと啼いて弾け数粒の、子犬になるのだった。耳を澄ますと、屋根に落ちた犬が爪を立てて、屋根瓦の上を滑り落ちてゆく音が、右に左に聴こえる。遠くで、排水溝に吸い込まれてゆく犬の、遠吠えが、する。飲みかけのティーカップの中の犬たちが、そわそわと波立ち、わたしのからだの中の犬たちが高く、呼ぶ声がする。眼から逃げ落ちた犬が。
 床に、ちいさく弾け、弾けた子犬がわたしの脚にちいさく、いくつも噛み付く。傷口からは赤い犬が流れ出し、赤い犬は猛烈な勢いでわたしに噛み付き、わたしの中をどこまでも駈け、昇った。

 からだの隅々まで犬になり、満たされたわたしは駈けていた。どこまでもずぶ濡れになりながら、激しい犬雨の中をただひたすら犬身的に、駈けて、いた。時折どこかで聴いたことのある、名前で、呼ばれることもあったが、その名前のことは、ようとして思い出せなかった。だからその名前で呼んだものに噛み付き、喰い殺した。犬死にしたものたちの肉は犬雨に打たれ、犬たちの、餌になった。
 犬雨はなお激しくなり、街の向こうではいくつもの遠吠えが、こだましている。












           了。



自由詩 「 犬雨。 」 Copyright PULL. 2008-03-20 17:48:25
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